- 著者:サミュエル・フラー
- 翻訳:遠山 純生
- 出版社:boid
- 装丁:単行本(784ページ)
- 発売日:2015-12-20
- ISBN-10:4865380450
- ISBN-13:978-4865380453
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サミュエル・フラーは黄金期のハリウッドにありながら、それほど多くの監督作品を持たない。1949年の『地獄への挑戦』から1989年の『デンジャー・ヒート/地獄の最前線』まで監督作は24本。その多くは戦争映画とフィルム・ノワール、低予算のジャンル映画である。もっぱらヨーロッパで、ヌーヴェルバーグの監督たちによって評価されたフラーは、優れたB級映画の監督だと思われがちだ。いわば作家主義によって見いだされ、引き上げられたマイナー監督なのだと。そうした見方はどのくらい正しいのだろうか?
『サミュエル・フラー自伝 わたしはいかに書き、闘い、映画をつくってきたか』は、フラーの24本の映画の裏に、いかに重厚な思考と経験があったのかを教えてくれる本である。本は分厚い。2段組みで750ページという長大さである。だが、フラーの映画を観たことのある人ならみなわかっているように、フラーには余計な気取りや装飾はない。フラーの映画には必要なものしかないのだ。だから、この長大な本にも、気の利いた言いまわしや冗長な描写は存在しない。そっけないほどに生の事実をぶつけ、それがこれほどの厚みで迫ってくるのだ。
フラーは1912年、マサチューセッツ州の田舎町に生まれた。だが、彼の人生が本当の意味ではじまるのは12歳のとき、父親が急死してニューヨークに引っ越してからである。家計をささえるために新聞売りのアルバイトをはじめたフラーは新聞作りのおもしろさに目覚め、13歳で(年をごまかして)原稿運び(コピーボーイ)として働きはじめる。
この本で、映画監督としてのサミュエル・フラーの活躍について書かれるのは第三部以降である。フラーの人生にとって大きなことは、簡単に言って3つある。新聞、戦争、そして映画なのだ。
フラーにとって新聞は、かぎりなく大きい。もちろんフラーには『パーク・ロウ』(52年)という新聞社を舞台にした映画もある。だが、もともと新聞記者になることがフラーの望みであり、少年事件記者としてニューヨークの街を荒らしまわった日々こそがフラーを作ったのだと、本書を読んではじめて教えられた。見習い記者時代、フラーはジョン・ヒューストンの母親であるリア・ゴアに多くを教わり、実際ジョン・ヒューストンとも友人だったという。フラーはやがてフリーランスの記者として記事を送りながら全米を放浪する旅に出る。アル・カポネと遭遇し、ドロシー・パーカーと出会う旅ののち、死刑囚取材をもとにして書き上げた小説によってフラーは作家デビューを果たし、脚本家としてハリウッドに招かれることになる。
フラーは映画監督である前に脚本家であり、作家であり、ジャーナリストだった。だがそれよりも大事だったのは、兵士だったことである。第二次世界大戦勃発とともに志願したフラーは、合衆国第一歩兵師団“ビッグ・レッド・ワン”の一員として欧州を転戦する。北アフリカでロンメルの戦車部隊と闘い、シチリア島上陸作戦に参加し、そしてノルマンディヘ向かい、オマハ・ビーチの地獄の戦場へと突入する。『最前線物語』に描かれたとおりの(それ以上の)すさまじい戦闘を経験する。
低予算映画や異色作ばかり作っていたフラーはハリウッドのアウトサイダーと思われがちだ。だが、実際にはフラーはれっきとしたインサイダー中のインサイダーだったのだ。ハワード・ホークスやフリッツ・ラングに脚本を提供し、『史上最大の作戦』(62年)や『パットン大戦車軍団』(70年)の監督をオファーされる売れっ子だった。だが、戦争の現実を知っているがゆえに、フラーはそうした映画の監督を拒んでしまう。
フラーはどこまでも反骨の人であり、独立独歩の人間である。それゆえに、そこまでの評価を受けながらも、ハリウッドで超大作の監督をして左うちわの生活を送ることはしなかった。つねに冒険を求めたフラーは、若者を鼓舞し、若き映画作家たちにインスピレーションを与えつづけるのだ。
「いまいましいテレビなんぞを見ている若人たちよ!みこしをあげて世の中を見に出かけるのだ!異文化に身を投じろ!わたしがそうであるように、人生を変えてしまうような経験でいっぱいの冒険に乗り出せることを、自分にとっての財産だと考えれば、きみたちはいつだって豊かなのだ」
95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho。