書評
『わすれなぐさ』(国書刊行会)
吉屋信子再評価の気運が高まっています。今回取り上げる『わすれなぐさ』の他にも、『鬼火 底のぬけた柄杓(ひしゃく)』(講談社文芸文庫)、『父の果/未知の月日』(みすず書房)と、ほば同時期になんと三冊が書店に並んだのですから、これはもう文芸史的シンクロニシティと言うべき慶事でございましょう(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2003年)。一九二〇年代のモダニズムの洗礼を浴びた幻想短編小説家としての力量が知りたい方は『鬼火 底のぬけた柄杓』を、短編だけでなくエッセイも味わってみたい方は『父の果/未知の月日』を、どうぞ。そして、いまだ乙女心忘れがたい方は、迷うことなく『わすれなぐさ』を手に取ってくださいまし。きっときっとお気に召してよ!
「可愛い」と書いて「かわゆい」、「誰」と書いて「たれ」と読ませたり、呆(あき)れ果てた時には「ダアー」なんてアントニオ猪木みたいな声を発してのけぞったり、
「美青年(ボウ・ギャルソン)? 素敵な(シャルモン)?」
「否(ノン)」
なんて、漢字にやたらとフランス語のルビをふったり、女学生同士の友愛精神(昔はそうした関係をシスター略して“エス”と言ってたんですの)を「それはね、ただ貴女(あなた)が大好きだからなのよ、私好きな方には非常識に振舞うことにきめたんですもの」と宝塚チックに謳ったかと思えば、「センチメンタル、セメン樽(たる)」なんてオヤジギャグとしか思えないような駄洒落を放ったりetc。今となってはアヴァンギャルドに素敵な言語感覚てんこ盛りなのっ。
高等女学校を舞台にしたこの物語の主要登場人物は三人。大金持ちのお嬢様で「軟派」の女王として学内に君臨している相庭陽子さん。勉強とスポーツに励む「硬派」を代表する佐伯一枝さん。そして、硬派・軟派どちらにも属さない個人主義の雄たる弓削(ゆげ)牧子さん。で、陽子さんは誰のものにもならない孤高のムードを身にまとう牧子さんに執着して、あの手この手で誘惑するんですのっ。ド派手な誕生パーティーに招いたり、女学生とは思えないような豪遊につきあわせたり。果ては、牧子さんと一緒にいたいというだけで夏の水泳合宿にまで参加するんですけど、このくだりが、とっても愉快で。
合宿というくらいですから、風呂の焚(た)きつけから食事の支度、掃除洗濯まで、全部自分たちでやらなきゃいけないわけですけど、もちろん超タカビーな陽子さんに耐えられるはずもありません。だから、お母様の具合が悪くなって牧子さんが帰京してしまえば、当然のごとく自分も帰ると主張なさいます。「だって、弓削さんお帰りになってしまえば、私こんなところにいる理由がないんですもの」なんて悪びれることなく言い放ち、自宅からウソの電報を打ってもらってさっさと宿舎から引き上げてしまう陽子さん。もう素敵すぎです(笑)。
さて、母を失い、男尊女卑の父からはつき放され、その淋しさから陽子さんの妖(あや)しい魅惑に一度は身をゆだねてしまう牧子さんだったのですが、ある事件をきっかけに硬派の大将・一枝さんと急接近。鳴呼(ああ)、陽子さんの悲しみやいかばかりかっ! 水泳合宿以来、すっかり女王様の虜と化したわたしなんか、新たに誕生した牧子さん&一枝さんのビンボ臭いカップリングに「ダアー!」、ブーイングの声をあげたほどなんでしたの。
今どきの大量生産品としての幼稚で粗雑なジュヴナイル小説とは比べものにならない品格と、テクニックと、言語感覚と、ユニークな感性を備えた吉屋信子の少女小説。絶版状態で読めなかった幻の名作なのだし、監修を務めた嶽本野ばら先生がつけた注釈もとってもラブリーなんだもの、貴女、読んで下さらなくちゃ「ぴちゃんこ」にしてしまってよ、よくって!
【文庫版】解説=内田静枝
【この書評が収録されている書籍】
「可愛い」と書いて「かわゆい」、「誰」と書いて「たれ」と読ませたり、呆(あき)れ果てた時には「ダアー」なんてアントニオ猪木みたいな声を発してのけぞったり、
「美青年(ボウ・ギャルソン)? 素敵な(シャルモン)?」
「否(ノン)」
なんて、漢字にやたらとフランス語のルビをふったり、女学生同士の友愛精神(昔はそうした関係をシスター略して“エス”と言ってたんですの)を「それはね、ただ貴女(あなた)が大好きだからなのよ、私好きな方には非常識に振舞うことにきめたんですもの」と宝塚チックに謳ったかと思えば、「センチメンタル、セメン樽(たる)」なんてオヤジギャグとしか思えないような駄洒落を放ったりetc。今となってはアヴァンギャルドに素敵な言語感覚てんこ盛りなのっ。
高等女学校を舞台にしたこの物語の主要登場人物は三人。大金持ちのお嬢様で「軟派」の女王として学内に君臨している相庭陽子さん。勉強とスポーツに励む「硬派」を代表する佐伯一枝さん。そして、硬派・軟派どちらにも属さない個人主義の雄たる弓削(ゆげ)牧子さん。で、陽子さんは誰のものにもならない孤高のムードを身にまとう牧子さんに執着して、あの手この手で誘惑するんですのっ。ド派手な誕生パーティーに招いたり、女学生とは思えないような豪遊につきあわせたり。果ては、牧子さんと一緒にいたいというだけで夏の水泳合宿にまで参加するんですけど、このくだりが、とっても愉快で。
合宿というくらいですから、風呂の焚(た)きつけから食事の支度、掃除洗濯まで、全部自分たちでやらなきゃいけないわけですけど、もちろん超タカビーな陽子さんに耐えられるはずもありません。だから、お母様の具合が悪くなって牧子さんが帰京してしまえば、当然のごとく自分も帰ると主張なさいます。「だって、弓削さんお帰りになってしまえば、私こんなところにいる理由がないんですもの」なんて悪びれることなく言い放ち、自宅からウソの電報を打ってもらってさっさと宿舎から引き上げてしまう陽子さん。もう素敵すぎです(笑)。
さて、母を失い、男尊女卑の父からはつき放され、その淋しさから陽子さんの妖(あや)しい魅惑に一度は身をゆだねてしまう牧子さんだったのですが、ある事件をきっかけに硬派の大将・一枝さんと急接近。鳴呼(ああ)、陽子さんの悲しみやいかばかりかっ! 水泳合宿以来、すっかり女王様の虜と化したわたしなんか、新たに誕生した牧子さん&一枝さんのビンボ臭いカップリングに「ダアー!」、ブーイングの声をあげたほどなんでしたの。
今どきの大量生産品としての幼稚で粗雑なジュヴナイル小説とは比べものにならない品格と、テクニックと、言語感覚と、ユニークな感性を備えた吉屋信子の少女小説。絶版状態で読めなかった幻の名作なのだし、監修を務めた嶽本野ばら先生がつけた注釈もとってもラブリーなんだもの、貴女、読んで下さらなくちゃ「ぴちゃんこ」にしてしまってよ、よくって!
【文庫版】解説=内田静枝
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア
