書評
『おわりの雪』(白水社)
清冽ではかない少年時代の回想の物語
現代文学にまれな清冽な抒情のみなぎる小説である。清冽ではあるが、どこか夢まぼろしのようなはかなさも漂っている。痛切でありながら、あわく遠い。かつて少年だった人物の、はるかな回想で語られる物語だ。雪の多い山間の町が舞台で、主人公の少年の名前も、正確な年齢も分からない。にもかかわらず、「ぼく」という少年の実在感が迫ってくるのは、単純な言葉で描かれる少年の内心に、いまだ理解不可能な未知の世界への畏(おそ)れが、つねにみずみずしくたたえられているからだ。
町の通りで売っているトビが欲しくてたまらない少年は、寝たきりの父にトビ捕りの作り話を聞かせてやる。彼のいちばんの気がかりは、深夜に外出する母の立てる物音が病気の父の耳に届くことだ。なぜ母は深夜に外出するのか? わからない。少年の目で切りとられた世界の、わからないことが世界の奥行きをいっそう深めているのである。
トビを買うため少年は小づかい稼ぎをする。養老院の老人の散歩の手伝いに、いらなくなった動物の始末。ともに死と親しむことだ。
老犬を死なせるため、少年は長い雪のなかの旅に出発する。旅というほどのものではないが、少年と老犬にとっては旅以外のなにものでもない。きびしい自然に囲まれ、少年がどこにもある死の影を発見する瞬間が、この小説の頂点だ。
死の床にある父は少年にこう語る。
「むかし父さんも、あることを経験した。ふつうならつらいと感じるようなことだったが、おれはそうは感じなかった。だがそのかわり、自分は独りだと、これ以上ないほど独りきりだと感じたんだ……」
少年は、いつかこの言葉の意味を聞こうと思いながら、結局、果たせない。ここでも、わからないことが世界の奥行きを深くしている。
冷たい雪の町の父と子。夜半にすすり泣く母親。死にゆく老人と動物たち。窓辺のトビの姿。読後もそうした情景の哀しみが実在のごとく迫ってくる。子供にゆっくりと読み聞かせたい小説である。
朝日新聞 2005年01月30日
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