書評

『PAY DAY!!!』(新潮社)

  • 2020/04/25
PAY DAY!!! / 山田 詠美
PAY DAY!!!
  • 著者:山田 詠美
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(407ページ)
  • 発売日:2005-07-28
  • ISBN-10:4101036225
  • ISBN-13:978-4101036229
内容紹介:
ペイ・デイ、給料日。それは、何があろうと、ほんのちょっとだけ、みんなが幸せになれる日―。双子の兄と妹は高校生。ちょっと不器用、でも誠実に生きている二人に訪れる、新しい出会い。別れ。恋。家族の問題。そして、大切な人の死…。新たな青春小説の古典の誕生!ゆったりと美しいアメリカ南部を舞台に、たくさんの生といくつかの死が織り成されていく、堂々たる長編小説。
主人公は双子の兄妹ハーモニーとロビン。彼らが一五歳の時に両親が離婚したため、妹のロビンはイタリア系アメリカ人の母親とニューヨークに残り、兄のハーモニーはアフリカ系アメリカ人の父親と共に父の故郷である南部へと移り住み、祖母、伯父のウィリアムと一緒に暮らしている。両親の離婚から一年たった夏、ロビンが父と兄を訪ねて南部にやってくるところから、この物語は幕をあけるのだ。

ブルースが好きで、南部という土地に自分のアイデンティティーを重ね合わせているミュージシャン志望のハーモニー。母親に反発し、「ぼくは、イタリア系の血なんかいらなかった」と呟(つぶや)く兄を幼いと感じる典型的なNYっ子のロビン。両親の離婚に心を痛めながらも、一方で二人はティーンエイジャーらしく恋に心を浮き立たせてもいる。ハーモニーは年上の人妻ヴェロニカとの情事に溺れ、ロビンは心優しい二十代の青年ショーンに憧れを抱く。彼に心を残しながらも、夏が終わってNYへと帰っていくロビン。ところが九月十一日、同時多発テロが起こり、ワールド・トレード・センタービルで働く母親が行方不明に。ロビンは傷心を抱え、父と兄の待つ南部に戻ってくる――。

あの事件を背景に置きながら、しかし、山田詠美はくだらない政治家や評論家が口にするような、大きいけれど空疎な言葉を決して用いない。ショーンに慰められて心の安寧を取り戻すロビンに、山田さんはこう言わせる。「いつだって世の中の大きな悲しみには、ちっぽけな枝葉がある。極めて個人的な生活が、そのはしをになって」いて、「もがく自分に必要なのは」「世界の行く末を憂える人々ではなく、私だけの手を引いて歩かせてくれる人」なのだと。そのとおり!こういう等身大の力強さと健全さを示すアドバイスこそが、弱ってる人間を慰めてくれるのだと思う。立ち上がらせてくれるのだと思う。山田詠美は、いつだってそうした心の機微を、繊細かつ的確に言語化してくれる作家なのだ。

でも、その優しさの一方で、大切な人を失っても人生は続き、それどころか他者の死によって自分の生が輝きを増すことすらあるという、現実の残酷な貌(かお)から目をそらさない作家でもある。たとえば、こんなエピソードで。事件が起こった後、心配して電話をしてきたヴェロニカの声を聞いて泣いてしまうハーモニー。ところが、彼は気づくのだ。「悲しくて泣いてるんじゃない。なんてことだ。悲しみが、彼女の声を聞ける喜びを引き立てている!!」。肉親の死がもたらす深い悲しみが、恋をより一層甘く演出してくれるという皮肉な事実。それもまた、わたしたちの等身大の心のありようなのではないだろうか。

湾岸戦争から帰って以降、酒浸りの生活を送っているウィリアム伯父は、宙ぶらりんな状況に混乱しているハーモニーをこんな言葉で労(いたわ)る。「死んでるよ」「人は誰でも死ぬんだ。そして、そのたいていの場合は、理不尽な理由によるものなんだ」と。死と生をめぐるあれこれには、たしかに残酷さや理不尽さがまとわりつく。でも、それを認める心の強さがあればこそ、逆に冷ややかな虚無に落ち込まずにすむはずなのだ。

「時間は(中略)人を楽にするけれども、大切なものも葬り去ってしまう」という哀しみの裏には、「ここにいない人のために、多くの歌が作られて来た」という希望がある。ここにいない人に気持ちを馳せること。今・此処(ここ)ではなく、いつか・何処(どこ)かに想いを飛ばすこと。それがどれほど魂に栄養を注ぎこんでくれるか。双子の成長を見守りながら、読者はきっとそのことに思いが至るはずだ。山田詠美の新しい傑作が誕生した。
PAY DAY!!! / 山田 詠美
PAY DAY!!!
  • 著者:山田 詠美
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(407ページ)
  • 発売日:2005-07-28
  • ISBN-10:4101036225
  • ISBN-13:978-4101036229
内容紹介:
ペイ・デイ、給料日。それは、何があろうと、ほんのちょっとだけ、みんなが幸せになれる日―。双子の兄と妹は高校生。ちょっと不器用、でも誠実に生きている二人に訪れる、新しい出会い。別れ。恋。家族の問題。そして、大切な人の死…。新たな青春小説の古典の誕生!ゆったりと美しいアメリカ南部を舞台に、たくさんの生といくつかの死が織り成されていく、堂々たる長編小説。

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