書評

『大学改革の迷走』(筑摩書房)

  • 2020/03/07
大学改革の迷走 / 佐藤 郁哉
大学改革の迷走
  • 著者:佐藤 郁哉
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(478ページ)
  • 発売日:2019-11-06
  • ISBN-10:4480072632
  • ISBN-13:978-4480072634
内容紹介:
大学をめぐる政策は理不尽、理解不能なものばかり。なぜそういった改革案が続いてしまうのか? その複雑な構造にメスをいれる。

借り物の制度が招いた混迷

日本の大学が、ながらく混乱している。世界のトップ100に10大学以上を送り込むはずの「スーパーグローバル大学創成支援事業」が講じられても国立・私立大学の世界ランキングは落ち続け、法科大学院で司法試験の合格者数増加を実現すれば新人弁護士が就職難となり、ノーベル賞受賞者たちはインタビューで若手の研究環境の劣化を憂慮している。

少子化で入学者数が減るのだから、関係者の雇用は低迷して当然だ。けれども低迷が想定を超え深刻化するには、別の要因が加わっている。本書はここ30年にわたる文部・文科省の「大学改革」政策を精査し、それがいかに「残念な」ものであったかを展望している。

著者はフィールドワークの専門家で、暴走族や演劇の研究で知られる。今回は文科官僚の暴走や改革「劇」のドタバタを描き出す。

だがこうした分析が、文科省発でなく研究者の個人名で公表されるのは異様だ。文科省や中央教育審議会は、民間企業の品質管理手法である「PDCA」(Plan計画・Do実行・Check評価・Action改善)を、大学改革にも課してきた。それならば文科省や中教審は、改革に向け講じた数多くの施策についても有効か失敗か、みずから分析・評価(すなわち「C」)を実施しているはずではないか。

政策の品質評価をみずからに課さないのは、官僚無謬(むびゅう)神話と集団的無責任体制のなせるわざであろう。著者は施策の真偽や導入された時代背景とともに、審議会や官僚機構の行動様式を紹介している。大学人としては真正面から向き合うのも鬱陶(うっとう)しい「御上からの御達し」が腑(ふ)分けされ、こんなことだったか、と納得した。

大学の現場では、施策の多くに面従腹背、つまり各教員が従うふりをしつつ最適と信じる教育を行っている。著者によればそうした改革の形骸化は、提案されてきた制度の多くが外からの借り物で、内在的な要請や必然性とはかけ離れたところから押しつけられたことに由来している。教員が生徒とのやりとりから多様に工夫するアメリカの「シラバス」(講義計画・内容説明)にしても、名前こそなぞったものの画一的な書式を課したため、本家の「劣化コピー」になった。

民間企業の成功事例を行政へ応用する「新公共経営」の考えを受け、2004年の国立大学の法人化以降、KPI(Key Performance Indicator重要業績指標)や「選択と集中」といった経営用語も乱舞している。KPIは向上しているのに大学の混迷には歯止めがかからず、どれが新しい研究かなど誰にも分からないのに無理に選んで資金を集中させるから、まだ評価をえていない野心的な若手に資金が回らない。目新しい経営手法がビジネス界でも批判され始めた頃、周回遅れで大学に導入されているのだ。

そもそも企業組織の一部門を効率化するにすぎない経営手法が、なぜ高等教育の改革に有効と考えるのか。評者には、法曹が増えれば訴訟も増えて弁護士の勤務先も増えるといった希望的観測の裏には、「商品を増産すれば売り先も増える」という「セイ法則」の、素人っぽい思い込みがあると思える。

データは政策の正当化にではなく、失敗を学習の機会とするために使え。それには「床屋政談」ではなく専門家に開かれた議論が必要だ。本書の提言には心から賛成するが、20年度、60万人規模で実施される学生調査も、専門家の眼(め)には堪えられない代物だという。まずは「大学改革を解体」せよという結論にも、賛同したくなる。
大学改革の迷走 / 佐藤 郁哉
大学改革の迷走
  • 著者:佐藤 郁哉
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(478ページ)
  • 発売日:2019-11-06
  • ISBN-10:4480072632
  • ISBN-13:978-4480072634
内容紹介:
大学をめぐる政策は理不尽、理解不能なものばかり。なぜそういった改革案が続いてしまうのか? その複雑な構造にメスをいれる。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年1月26日

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