書評

『詩人と女たち』(河出書房新社)

  • 2020/04/12
詩人と女たち / チャールズ・ブコウスキー
詩人と女たち
  • 著者:チャールズ・ブコウスキー
  • 翻訳:中川 五郎
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(534ページ)
  • 発売日:1996-10-01
  • ISBN-10:4309461603
  • ISBN-13:978-4309461601
内容紹介:
わたしは五十歳。体重百二キロ。猪首、短足、目は濁り、赤ら顔。郵便局員から作家に転職した、アル中男。そんなわたしのもとへ、女たちは次から次にやってくる。何たるご馳走!-ブコウスキーの忠実な分身、チナスキーが語る、尽きることのないアルコールと女とギャンブルの物語。アカデミックな文学シーンのアウトサイダーにして偉大なるパンクスの傑作長編。
飲んだくれで、競馬好きで、そして何よりも助平な、それこそワンカップと東スポを抱えて馬券売り場をうろついていそうな、冴えない性格破綻者の五十男が、何かの奇跡で類い稀な言語感覚を与えられ、自堕落な生活、とりわけ、セックス・ライフをいささかの取りつくろいもなく、あけすけに語ったとしたら、それは読むに耐えない愚作となるのか、それとも他に類を見ない傑作になるのか。

本邦初紹介の詩人・小説家のチャールズ・ブコウスキーの長編『詩人と女たち』は、ヘンリー・ミラーの作品を彷彿とさせずにはおかない快作である。

とにかく書かれているのは、浴びるほど酒を飲んでいるということ、詩の朗読会で引っかけた数え切れない女性ファンとセックスしまくったということ、ただそれだけである。おまけにセックス描写には、一切の情緒性を排除した剝き出しの卑語が使われている。

ところが不思議なことに読後感は、これほどの猥雑さにもかかわらず信じられないほど爽やかなものなのである。それはおそらく吉本隆明がヘンリー・ミラーについて言ったように、ブコウスキーが「わけのわからぬ漠然とした野心や飢餓感に形を与える欲求をまったく放棄した」ことからきているのだろう。主人公はイイ女だと思ったからセックスしたいと思っただけで、それ以下でも以上でもない。セックスに過剰な意味を込めたり、逆に軽蔑したりもしていない。とにかくまったく自然体の助平なのである。だからこそ、ファンの女の子が次々と訪ねてきて応対の暇がないということになるのだろう。

ところでこの小説を読んで、もしかして感動してしまったあなた、まちがっても、小説の中の女性ファンのように著者に手紙を書いたり、電話をかけたりしてはだめですよ。そんなこと、このおじさんが許しません。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN-10:4094084010
  • ISBN-13:978-4094084016
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・… もっと読む
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

詩人と女たち / チャールズ・ブコウスキー
詩人と女たち
  • 著者:チャールズ・ブコウスキー
  • 翻訳:中川 五郎
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(534ページ)
  • 発売日:1996-10-01
  • ISBN-10:4309461603
  • ISBN-13:978-4309461601
内容紹介:
わたしは五十歳。体重百二キロ。猪首、短足、目は濁り、赤ら顔。郵便局員から作家に転職した、アル中男。そんなわたしのもとへ、女たちは次から次にやってくる。何たるご馳走!-ブコウスキーの忠実な分身、チナスキーが語る、尽きることのないアルコールと女とギャンブルの物語。アカデミックな文学シーンのアウトサイダーにして偉大なるパンクスの傑作長編。

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初出メディア

フィガロジャポン

フィガロジャポン 1992年12月号

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