書評

『少年たちの終わらない夜』(河出書房新社)

  • 2021/08/31
少年たちの終わらない夜 / 鷺沢 萠
少年たちの終わらない夜
  • 著者:鷺沢 萠
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(215ページ)
  • 発売日:1993-07-01
  • ISBN-10:4309403778
  • ISBN-13:978-4309403779
内容紹介:
終わりかけた僕らの十代最後の夏。愛すべき季節に別れの挨拶をつげ、駆けぬけてゆく少年たちの、愛のきらめき。透明なかげり。ピュアでせつない青春の断片をリリカルに描き、圧倒的な支持をうけた永遠のベストセラー。
自由なのではない。制約がすべてなくなった社会のなかで若者達はどこに行ったらいいのか分からない。彼等は若さが持つ嗅覚で、おとな達の嘘を見抜いている。だが、その体裁だけの、魂が抜けた社会は自分達に強い影響を与えているのだ。だから、少年達は友人の〝純愛〟からくる同棲に吹き出さないわけにはいかない。吹き出したあとで「都会の上空には油のような膜が拡がっている」こと、その下にいる人間は息を吸うのさえ辛く、膜を突き破って上に出なければ、呼吸も楽につけないことを感じるのだ。

「少年たちの終わらない夜」以下、四つの短篇は、いずれも大都市に住む十代の終りの若者達のこうした生態を描いている。彼等は大人びて見えながら、「考えないでいつづける」のにも能力が必要なこと、自分達は大人が見せてくれているような鈍感な狡さを持てないことを自覚している。でも、もうしばらくは崖っぷちの道を歩くのが、「不遜な自分達に許された」ただひとつの生き方なのだと分っている。やがて、それが許されている時期が終わろうとしている予感から、彼等は時には狂暴になったりする。

しかし、なぜ学生時代だけが〝ラッキー・ピリオド〟なのだろう。なぜそれ以後がラッキーではないと分っているのだろう。

かつては、その不安に苛立った若者は、体制を破壊しようと突進した。だが、そうした反逆さえも養分にして、産業社会は油の膜を増殖させてしまった。今の若者達には、衆人環視のなかでキスをしたり、道路の真ん中でトンボ返りをして見せることぐらいしか、出来ることがない。

「ユーロビートじゃ踊れない」では、出生のあいまいさを拠りどころに生きているヒロシが、自分の発する腐りかけた熟れた甘い匂いにひかれて近寄ってくる少年少女を相手にする様が描かれている。東京の山の手出身の暁子は数年前に流行した曲をヒロシにリクエストする。少年達にとって数年前は一時代昔なのだ。ヒロシは横浜の突堤を海に向って車のアクセルを踏み、危うく海中に落ちそうにしてみせる。そんな行動に出た動機はいっさい説明されていない。説明の必要がないのだ。

「ティーンエイジ・サマー」の主題も本質は同じで、ここではバラバラになってゆく高校時代の友人の生態、そのなかで取残されてゆく少年の淋しさが描かれている。彼等にとってアメリカは希望の代名詞になっている。しかし、主人公が尊敬しているリンは、「二十歳になったらアメリカには行けない」と言う。この言葉には、大人になったらアメリカも透けて見えてしまうだろうという意味と、そこまで生きてしまったら、「理想郷」を夢みる力も失くなるだろうという意味が隠されている。みずみずしい抒情性のなかに、現代という名の社会意識をしっかりと受止めている才能の出現である。
少年たちの終わらない夜 / 鷺沢 萠
少年たちの終わらない夜
  • 著者:鷺沢 萠
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(215ページ)
  • 発売日:1993-07-01
  • ISBN-10:4309403778
  • ISBN-13:978-4309403779
内容紹介:
終わりかけた僕らの十代最後の夏。愛すべき季節に別れの挨拶をつげ、駆けぬけてゆく少年たちの、愛のきらめき。透明なかげり。ピュアでせつない青春の断片をリリカルに描き、圧倒的な支持をうけた永遠のベストセラー。

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初出メディア

産経新聞

産経新聞 1989年11月13日

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