書評

『二万年の日本絵画史』(青史出版)

  • 2022/05/15
二万年の日本絵画史 / 宮島 新一
二万年の日本絵画史
  • 著者:宮島 新一
  • 出版社:青史出版
  • 装丁:単行本(356ページ)
  • 発売日:2011-10-01
  • ISBN-10:4921145458
  • ISBN-13:978-4921145453
内容紹介:
日本絵画史を従来のように外国からの影響という視点ではなく、独自性という観点から見つめなおした画期的通史。日本の絵画は縄文時代から現代に至るまで、宗教美術と世俗美術とが対立するので… もっと読む
日本絵画史を従来のように外国からの影響という視点ではなく、独自性という観点から見つめなおした画期的通史。日本の絵画は縄文時代から現代に至るまで、宗教美術と世俗美術とが対立するのではなく、手を携えつつのびのびと展開した。こうした世界でもまれな特質を造形面だけに注目するのではなく、宗教や思想を含めた大きな歴史の流れの中に位置づける。美術史本来の役割の復興を目指す意欲的な書。

大きな流れの中で「時代の美術」を捉える

本書を手に取って思ったのは、次の三つ。一つは縄文・弥生・古墳という時代の絵画がどう捉えられているのだろうかという興味、二つに長い歴史を通じてみることで絵画の歴史に新たな視点が生まれてきているのかという関心、そして三つ目に現代の絵画がどう把握されているのだろうかという興味であった。

中世の絵画史を専門領域としてきた著者は、「『優美』さこそが一貫した日本美術の目標であった」と語る、古典的なタイプに属する美術史家であるだけに、一つ目の点は、新たな冒険であり、二つ目はこれまでの研究を大きな流れから探ろうという野心的な試みであり、三つ目はこれまで見てきた絵画にたいする率直な感想の表明ということになろう。

書名に「二万年」とあるのは、二万年前の後期旧石器時代の人物図とおぼしき石刻画から始まるからだが、それはあくまで縄文時代の前史として語られており、本格的叙述は縄文時代から始まる。

その冒頭、「日本の美術はしょっぱなから奇妙な展開をみせる。縄文時代の複雑な造形と弥生時代のシンプルな表現の間の、極端な落差が日本美術史の冒頭に立ちはだかる」と記し、縄文人の美に対する感覚を高く評価するかたわら、生産優先の弥生時代の造形の貧困ぶりを指摘し、弥生時代は「美の国日本」としては例外的な一時期だったことになると酷評する。この明快な指摘が著者の真骨頂である。

しかしだからといって、縄文時代と弥生時代を断絶して考えるのではなく、連続性があることを指摘し、さらに古墳時代の装飾絵画を検討した後、これらの原始絵画の特徴として、環境描写がなく、実生活者が主題である点に求めている。そして仏教伝来以後になって環境と人間との関係が描写されるようになる、と説く。

かなり断定的な分析が目に付き、危うさを感じなくはないが、専門外であることの長所を生かして、大胆に捉えている点は、今後の見方への大いに参考となろう。

第四章から以後は世紀ごとに叙述が進められてゆくが、ここから著者の本領が発揮されることになる。

最初に七世紀の「国際化の波」、次に八世紀の「東アジアにおける美術の宝庫」が語られ、続いて九世紀の「和様化の始まり」となる。この付近は個々の作品の見方にはとても興味がそそられるのだが、タイトルがいささか平凡で、新味に乏しいのが残念である。十八世紀についても、「絵画の黄金時代」と評するのはやや陳腐にすぎるであろう。

とはいえそのなかで十世紀について「国風の成立」として高く評価しているのが興味深い。この時代は著者も指摘しているように、絵画作品が極端に少ないために、重要な時期であることは認識されてきていても、こうまで断言できないできた。にもかかわらず「国風文化の確立」と言い切るのである。

著者は、基準作はなくとも早めに新たな文化傾向が確立したものと考える傾向があるらしい。十四世紀についても「日本美術の分水嶺(ぶんすいれい)」というタイトルで、新たな美術が自由に、ダイナミックに勃興した時代と高く評価しているが、それを象徴するようなモニュメンタルな作品はないという。

こうした場合、「確立」という表現はしないのが普通であるが、作品の背後にある大きなうねりを表現するためにあえて使ったのであろう。歴史を大きな流れで捉えることから生まれてきた大事な指摘である。

また十三世紀までは作品を中心に語り、十四世紀以降から人物を中心に据えて語ってゆくところにも十四世紀の高い評価がうかがえる。さらに十五世紀の「大和絵と水墨画の成熟と融合」・十六世紀の「美術の全国的な広がり」ともなると、著者の専門とする時代だけにその分析に信頼がおけて楽しめる。

十七世紀には環境と人間との関係が再び薄れ始めて近世絵画が始まるとされ、やがて十九世紀になると西洋絵画と接触するなか、「西洋絵画との葛藤」が重要な課題となったとして描き、「混迷する日本画」の時代となったと評価する。さらにその時代を経て、二十世紀については、何と「日本美術史無用の時代」というショッキングなタイトルの下で叙述が進められてゆく。

ただしかし、そこで語られているのは、「西洋美術を咀嚼(そしゃく)する困難に直面して一気に不振の時代に陥り、悪戦苦闘しながら現代にいたっている」というものであり、「日本美術不振の時代」とはいえても、「日本美術史無用の時代」については語っていない。酷評するのもよいが、もう少し提言的な指摘を望みたかった。でも単に、気楽に読んでほしい、ということなのかもしれない。

著者は「あとがき」で、「ほどのよさ」、「洗練と素朴の間」などの微妙な味わいを大切にするのが日本文化の独自性であって、極限への挑戦、思想の造形化などは日本の美術には不似合いであるとさえ説いているが、その指摘からは美術界や美術史が直面している困難さが浮かびあがってくる。
二万年の日本絵画史 / 宮島 新一
二万年の日本絵画史
  • 著者:宮島 新一
  • 出版社:青史出版
  • 装丁:単行本(356ページ)
  • 発売日:2011-10-01
  • ISBN-10:4921145458
  • ISBN-13:978-4921145453
内容紹介:
日本絵画史を従来のように外国からの影響という視点ではなく、独自性という観点から見つめなおした画期的通史。日本の絵画は縄文時代から現代に至るまで、宗教美術と世俗美術とが対立するので… もっと読む
日本絵画史を従来のように外国からの影響という視点ではなく、独自性という観点から見つめなおした画期的通史。日本の絵画は縄文時代から現代に至るまで、宗教美術と世俗美術とが対立するのではなく、手を携えつつのびのびと展開した。こうした世界でもまれな特質を造形面だけに注目するのではなく、宗教や思想を含めた大きな歴史の流れの中に位置づける。美術史本来の役割の復興を目指す意欲的な書。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2011年10月2日

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