書評

『ハーフ・ブリード』(河出書房新社)

  • 2022/10/01
ハーフ・ブリード / 今福龍太
ハーフ・ブリード
  • 著者:今福龍太
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(365ページ)
  • 発売日:2017-10-11
  • ISBN-10:4309248306
  • ISBN-13:978-4309248301
内容紹介:
思想と文学の先導者がその半生と果てなき旅のすべてをそそぎこんで描く世界再生のための混血児=ハーフ・ブリードたちの物語。

移民であるかもしれない私たち

今福龍太が自身の生を懸けて続けてきたメキシコ性の探求の記録を、私は他人事のようには読めない。動機もきっかけもその道筋も異なるにもかかわらず、私がメキシコに自分を投げ出して行こうとしたときの感覚が、なまなましく伝わってくるからだ。

本書では、今福龍太がさまよったメキシコおよびチカーノ(アメリカに住むメキシコ系の人々)の土地での、個人的な記憶と身体感覚が、詩と呼んで差しつかえない言葉で書かれている。それは私の体験ではないのに、私自身の体験を常に想起させる。メキシコが次々に体に入り込んできて、自分が組み替えられていく体験。

私がメキシコに行こうと決断した理由の一つが、すべての人種が混交している土地であるラテンアメリカに未来を感じたからだった。そのような社会こそをこれからの標準として考えるべきで、単一民族幻想や純血幻想は二十世紀で終わりだ、と信じていた。まさにハーフ・ブリードを普通の感覚にしたくて、るつぼに飛び込んだのである。

やがて私は打ちのめされる。「混血という未来」という言葉で安易に考えていたら、「混血」の始まりが性的な陵辱以外の何物でもないことを、見せつけられたからだ。まさに、「征服、植民地主義、帝国の圧政、独裁者たち。こうした概念が、抽象語としてではなく、集団的経験をつうじて社会のなかに刻まれた現実の裂傷として、はじめて私にその痛みの感触を伝えてきた」(Prologue)のである。それはメキシコの日常にむき出しになっている暴力として遍在していた。私は「混血」という言葉を使えなくなった。その性暴力は今でも続く。特に、米墨の国境地帯で頻発し続けている。

今福龍太が「ハーフ・ブリード」という言葉を提唱するのは、この暴力から始まった混交を神話化して運命の悲劇とするのではなく、その暴力が現在に至るまで起こり続けていることへの根本的な批判を常に内在させながら、生まれてくる者たちを肯定する、という意志からだろう。

オクタビオ・パスの『孤独の迷宮』を読み解きつつ、今福龍太はハーフ・ブリードという存在をこう考える。

そもそも存在しない起源を幻想したり捏造したりする表層のナショナリズムから身を引き離し、起源へと結びつくものを否定しつづけることによって、己のなかの忌まわしき混合と混濁とを洗い流そうと苦闘した人々。

本書で今福龍太は、今は亡き親友のチカーノ詩人アルフレード・アルテアーガに寄り添い、時にパスを援用して、メキシコ文化以上にチカーノ文化を称揚する。それはおそらく、メキシコ性のフロンティアはメキシコ国内よりも、メキシコ系の者たちがあらゆる暴力を被るアメリカにあるからだろう。その暴力に打ち克つとき、ハーフ・ブリードの未来が標準となるのだ。

そうしてハーフ・ブリードたることを宣言しようと格闘する多様な表現者たちが、次々と登場する。クィアを自認するレズビアン・フェミニストであるチカーナ詩人、ゲイのチカーノ作家、チカーノ文化の先駆であるギタレーロ、反転‐人類学のパフォーマンス・アーティスト、監獄で目覚めたチカーノ詩人……。その多岐に渡る表現の一つひとつに、ハーフ・ブリードの存在を見出していく。それはアイデンティティの探求ではなく、アイデンティティの拒絶なので、「ハーフ・ブリード」を普遍的に定義することはできない。個々の表現者にその宿りを感知するのみである。

中ほどを過ぎたあたりで、この作品には歴史性が刻まれ始める。突然、現在がなだれ込んでくる。メキシコ人たちを破壊の元凶として貶めアメリカから締め出すことを公言して大統領候補に名乗り出たトランプへの、強い怒りが記されるようになるのである。

作品の調和を乱してでも今現在の暴力に批判の言葉をぶつけようとする、今福龍太のこの姿勢の理由は、XI章「峡谷へ」に記されている。「アメリカで最も独創的で非‐体制順応的(ノン・コンフォーミスト)な思想家、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー」を主役とする戯曲『ソローが獄で過ごした一夜』は、ベトナム反戦運動のピークである一九七〇年に初演されているのだが、チカーノの表現でもないのにこの章で取り上げたのは、今福龍太の次のような思いからだろう。

孤絶の思想家ソロー、ウォールデンの隠遁者ソローという永遠に固定化された場所からソローを解放すること。私たちの現在にソローを鋭く接触させること。ソローに新たな居場所を与えること。ソローを私たち一人一人の胸の内にひきうけ、彼に別の人生を生きさせること。それは、現実の社会が監獄の姿へとますます近づいているいま、社会的不正義のもとで、獄中のソローとともに、獄から離れようとしなかったソローとともに、真の自由を探ろうとする私たち一人一人の決意表明である。

最終XII章で、再び今福龍太の親友アルフレードが登場する。ここでも私はめまいの渦に放り込まれる。チカーノがベトナム戦争に徴兵される割合が白人よりも圧倒的に高いという事実に抗議することで始まった、チカーノ・モラトリアムの運動に、アルフレードは若きジャーナリストとして加わりながら、生計はロサンジェルスの検死官事務所のアルバイトで立てていた。そこには、一九六八年に暗殺されたロバート・ケネディも運ばれたことがあるという。

じつは私の生まれたロサンジェルスの病院は、ロバート・ケネディが撃たれたときに運び込まれた病院である。親に何度もそう聞かされてきた。私が生まれた三年後のことであり、そのころは私はもう日本で暮らしていたが、その話を聞くたび、アメリカでそのまま育ち、アメリカを生きていた、ありえた自分が浮かんでくる。アルフレードたちが身近にいる環境で、私は育ったかもしれないのだ。

この作品には、移民として生きていたかもしれない今福龍太の可能性の声が、響いている。メキシコに、あるいはチカーノたちとともにアメリカに生きていたかもしれない今福龍太の声を忠実に聞き、日本語の文字にしていく過程が本書だったのではないか。それが今福龍太独自のハーフ・ブリード性を生きることになった現在の自分の、存在表現なのだと思う。私たちはみな、ハーフ・ブリードなのだ。
ハーフ・ブリード / 今福龍太
ハーフ・ブリード
  • 著者:今福龍太
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(365ページ)
  • 発売日:2017-10-11
  • ISBN-10:4309248306
  • ISBN-13:978-4309248301
内容紹介:
思想と文学の先導者がその半生と果てなき旅のすべてをそそぎこんで描く世界再生のための混血児=ハーフ・ブリードたちの物語。

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