書評
『バカカイ―ゴンブローヴィチ短篇集』(河出書房新社)
チケットを買う行列への割り込みを止められた男が、その後、自分を注意した紳士をストーキングする。逆恨みではなく、憧れゆえに。花束を届けさせたり、紳士の秘められた恋愛を後押ししたりと、その行為は徐々にエスカレートしていく(「クライコフスキ弁護士の舞踊手」)。あるいは、サディスティックな船長に監禁され、いたぶられた挙げ句、卵のような器に入れられて永遠に海流を漂わされそうになったり、鉄球の中に閉じ込められ水深一七キロメートルの海底に投じられたりする男の話(「冒険」)。
ポーランドの亡命作家ゴンブローヴィチの短篇を十篇収めた本書には、人間存在の根幹を支える精神と肉体の不気味なイメージが横溢している。外的な事件によって己の感情の二重性や倒錯に気づかされる登場人物の行動を通して、強靱な胃袋の作家は「これも人間、あれも人間」とグロテスクを是認するのだ。その態度は“自分で自分を手術する外科医”さながらに真摯かつ滑稽なのだが、かすりキズ程度に怯えるいくじなしの作家ばかり揃っている中にあって、その暴挙のなんと凛々(りり)しく美しいことか! 虚構に虚構を重ねながら読者を真実に導く作品構成の、なんと破れかぶれでカッコイイことか! つまり、ゴンブローヴィチは青年のための作家なのだ。青年のその後の人生を一変させる力を持った作家なんである。これを、そして『ポルノグラフィア』(河出書房新社)や『フェルディドゥルケ』(集英社)を読まずして、二十代を終えてしまってはいけない。後悔は無論先に立ちはしないのだから。
【この書評が収録されている書籍】
ポーランドの亡命作家ゴンブローヴィチの短篇を十篇収めた本書には、人間存在の根幹を支える精神と肉体の不気味なイメージが横溢している。外的な事件によって己の感情の二重性や倒錯に気づかされる登場人物の行動を通して、強靱な胃袋の作家は「これも人間、あれも人間」とグロテスクを是認するのだ。その態度は“自分で自分を手術する外科医”さながらに真摯かつ滑稽なのだが、かすりキズ程度に怯えるいくじなしの作家ばかり揃っている中にあって、その暴挙のなんと凛々(りり)しく美しいことか! 虚構に虚構を重ねながら読者を真実に導く作品構成の、なんと破れかぶれでカッコイイことか! つまり、ゴンブローヴィチは青年のための作家なのだ。青年のその後の人生を一変させる力を持った作家なんである。これを、そして『ポルノグラフィア』(河出書房新社)や『フェルディドゥルケ』(集英社)を読まずして、二十代を終えてしまってはいけない。後悔は無論先に立ちはしないのだから。
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初出メディア

feature(終刊) 1998年7月号
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