解説

『法師蝉』(新潮社)

  • 2020/08/12
法師蝉 / 吉村 昭
法師蝉
  • 著者:吉村 昭
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(219ページ)
  • 発売日:1996-05-01
  • ISBN-10:4101117365
  • ISBN-13:978-4101117362
内容紹介:
少年時代に眼にした法師蝉の羽化の情景。僅か十日ばかりの残された時間を過ごすために幼虫の固い殻を脱ぐとき、蝉は体内のすべてが透けて見える儚げな姿をしていた。人もまた、逝く時が近づくと淡く透きとおった様子になってゆくものなのだろうか―。平穏な日々に忍び込む微かな死のイメージを捉えた表題作ほか、人生の秋を迎えた男たちの心象を静謐な筆致で描く短編9編を収録。

脱皮の季節

長女が高校、長男が中学、次男が小学四年生になったので、中仕切りにみなで上州の山ふところの温泉に出かけた。間のびするためだけの旅だから、ガイドブックも持たず、昼ごろ家を出たが、車でない身には、電車やバスを待つ時間ばかりが長く、宿につくだけで精一杯だった。ひたすら風呂につかり、本を読んですごした。

こういうところでよく出会うのは、元気な中年女性のグループである。いつも思う。彼女たちが大騒ぎで何品ものご馳走を平らげる間、家で夫たちは何を食べているのだろうかと。旅に携えてきた吉村昭『法師蟬(ほうしぜみ)』(新潮文庫)の一節が浮んでくる。

「夕食は、冷蔵庫に煮しめが入っていますから、それですませて下さい」(「海猫」)

「昼食は外ですると言いましたね。御飯がポットにあるから、夜は鮭缶をあけてすませて下さい」(「秋の旅」)

夫を置いて妻たちが旅に観劇に、出かけるようになったのはいつの頃からか。女子高校の友人の母親たちが、父親を置いて海外旅行することを聞いて驚いたのはもう二十数年も前である。小さな歯科医院を夫婦で切り盛りしていた私の家では考えられないことだった。今ではこうした「ナイスミディパス」の常連は、どんな山間の秘湯にも、日に何本も電車の通らない漁村にもいて、都会的な華やいだ服装であたりを闊歩している。

かと思うと、その上州の宿では定年をすぎた夫婦が、浴衣に丹前で黙々と食事をしていた。どうみても豊かな沈黙という感じではない。ただ食べ物で口を動かしているだけである。彼らは何のために旅に出て来たのだろう。

そんなことを話してみたところで妻はなんのことやらわからず、途惑いを感じるだけだろう。四十年近く妻とすごしているが、考えていることを妻に話さないことも多い。(「法師蟬」)

また本書の一節が浮ぶ。

私は吉村昭氏の歴史小説のファンである。資料や土地で見聞きしたことを積みかさねて堅固な小説をつくりあげる。怪しい思い込みや見て来たような噓が介在しない小説は、男女の濡場も少ない。そうした玲瓏(れいろう)さが好きだ。

他方、氏の現代小説は、社会の歯車の一つとなって生きてきた、生まじめな男たちが主人公として描かれる。地の文に一切の無駄がなく、会話も口数少ない。玲瓏というか冷涼でもある。いかに男たちが人生の秋を迎え、自由と、違った生き方を望みながら、じっとりとした日常を耐えているか、読むうちに切なくてたまらなくなる。本書もそうした短篇集である。短篇集の主人公たちはある似た風貌を持つ。昭和一ケタ生れ、少年期にあの戦争、空襲に遭遇し、結核を病むが特効薬の発見によって一命をとりとめる。大学を出てそこそこ名の通った企業に勤め、短大出の明朗な女性と職場で、あるいは見合い結婚をする。郊外に戸建ての家をもち、定年前に傍系企業に出向して役員となる。女遊びなどはしないできた。

まさにわが父の世代であり、戦後の高度成長を担った典型的な一生である。

少年期から青年期にさしかかろうとする頃に食糧が枯渇していたから、体がもろいのだろう。身長が一六ニセンチしかない私だが、同期会に行くとちょうど中ぐらいだ。皆、背が低い。(「法師蟬」)

誰にも思い当る。八十、九十の爺さん婆さんがピンピンしているというのに、案外、多いのはこの世代の葬式である。少年期に栄養が足りなかった。病気をした。戦後は馬車馬のごとく働き、美食をして車に乗り、運動が足りなかった。学校時代の級友がポツポツと欠けてゆく。この短篇集には葬式のシーンが多く、死の予感が濃い。

蟬の卵は、孵化(ふか)して幼虫になると、土中に入って七年間をすごし、地上に出て樹木にのぼり羽化する。しかし、地上ですごすのはわずか十日ほどで、短い生を終えるという。つまり羽化は、きわめて近い将来に死が約束されていることをしめしている。(「法師蟬」)

そう先の長くないことを知った男は、最後の脱皮をしようとする。固定し枯れ果てた夫婦関係からの、単調でかなしい日常生活からの……。

列車が動き出し、徐々に速度をあげてゆく。車内は所々に空席があってどこに坐ることもでき、その名の通り自由なのだ、と思った。大小さまざまなビルが後方に去り、やがて丘陵や耕地がつづくようになった。(「秋の旅」)

管理職のころのようにグリーン車に乗らないことこそが、自由の証しなのだ。

東京での生活が遠い過去のように感じられ、だれに気がねすることもなく時間の経過に身をゆだねていることに、自然に頬がゆるむのを感じていた。(「海猫」)

この、解放感。しかし、行く先を探さないでくれ、といって三陸の海で釣りをしている夫を、やはり妻は探し、連れ戻そうとする。彼女には自恃(じじ)と世間体がある。しかし、夫にしてみればもう後がない。

せっかく、それこそ長い抜け殻のような人生から脱皮しようとしてるのに、邪魔しないでくれ。そう叫びたいだろう。

妻の側の言い分はさんざ私も聞かされてきた。ずっと家事も子育ても私任せだったくせに。メシ、ネル、フロくらいしか口をきかなかったじゃないの。二言目には誰が養ってると思ってるんだ、と威張って。私はずっと家に縛りつけられ、ご飯の仕度や掃除で明け暮れて来たのよ。もういいかげんにしたいわ……。それも分かる。

妻も夫も同じことを思ってるのだ。どちらか一方が加害者なのではない。それがどうしてこうも食いちがうのか。しかし小説で男の胸中の形で示されたとき、女の私には視野の転換が起こり、はっとするような風景が見える。これはどうしても妻が読むべき小説であろう。

ここに現われる妻は、おおむね夫の出世を生きがいとし、娘の縁談相手の権勢や財力に目がくらんでいる。通勤や労働による夫の疲労に思いやりがなく、「亭主、丈夫で留守がいい」以上のことは考えない。月給運び鳥でなくなった夫は不要で、家にいるのは邪魔というのが本音である。「粗大ゴミ」「濡れ落葉」はては「産業廃棄物」……。なんという恐ろしく、残酷な言葉を妻たちは考え出し、マスコミは流行(はや)らせたものだろう。

この小説ではむしろ俗世間の体現者が妻なのだ。そして女は男より生命力が強い。

それにしても、夫たちのなんと生まじめで律義なことか。妻にベッドで読む新聞のライトがまぶしい音がうるさい、といわれれば、無理はないと反省して素直に階下に降りる。「これからは自分の思う通りにして楽しまなくちゃ」と明言する妻に、反発せず、気が臆して妻の顔を盗み見る。妻の体にふれようとすると「もう、こういうことはやめにしましょうよ。私はわずらわしいし、あなたも自分の年齢を考えて……」といわれればベッドをはなれる。はがゆいほどである。しかしそうした我慢は沈澱してゆく。

些細なことではあっても根は深いのだ。(「海猫」)

ゾクリとした。すでに婚を解いた私だが、妻であった時代、こうした愚痴をいい、非難を浴びせ、世俗的な行動をとって夫を追いつめたのではなかったか。

やはり妻が読むべき本である。

そればかりでなく本書には、吉村氏の生れ育った下町の工場街、つつましい町の商店街、現在おすまいの郊外の住宅地が登場する。鮮明に書きこまれたそれらの町の見当はつき、風景を思い描くのも楽しい。しかしそうした小さな町にも異常な事件は起こりうるのだ。

同時に青春期までに見た“原風景”というものの重さ、深さはどうだろう。

焦土となった故郷、溝の中に顔をつっ込んだ行き倒れ、そして燃すべき薪がなく電柱一本で父の遺体を焼いた体験……。

前方の道に思いがけぬものを見た。戦前に私が住んでいた町の神社の祭礼では、百貫神輿と称される神輿が静々と道を進んだが、それをかつぐ男たちと同じ白い衣を着、黒い冠(かぶ)り物(もの)をつけた二人の男が姿を現わしたのだ。……私は、車道を横切ってゆく馬を見つめた。馬を見なくなってから久しく、人間が飢えて死んでいるこの都会に馬が生きているのが不思議に思えた。……行列の最後尾が昭和通りを横切り、華やかな一筋の色彩になって焼けトタンと瓦礫のひろがる地の道を遠ざかってゆく。(「幻」)

幻のような祭礼の記憶、進駐軍の命令で当時、神社の祭礼が行われたはずがない、といわれても、確かに見た、とこだわって、主人公は調べにゆく。

どんな平凡な日常を送っているように見える人間も、こうした懐しい鮮やかな原風景を持っている。それは生きる上の宝物で、ときどき取り出して眺めたり、さわったり、心を慰めたりできる。

定年後、再び一人で暮らすのもいいだろう。話すこともないのに無理に旅行に出たりするより、お互いの原風景を大切にし合うことの方が、夫婦の再生に役立つのではないか、とも思わされた。

【この解説が収録されている書籍】
深夜快読 / 森 まゆみ
深夜快読
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • 発売日:1998-05-01
  • ISBN-10:4480816046
  • ISBN-13:978-4480816047
内容紹介:
本の中の人物に憧れ、本を読んで世界を旅する。心弱く落ち込むときも、本のおかげで立ち直った…。家事が片付き、子どもたちが寝静まると、私の時間。至福の時を過ごした本の書評を編む。

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法師蝉 / 吉村 昭
法師蝉
  • 著者:吉村 昭
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(219ページ)
  • 発売日:1996-05-01
  • ISBN-10:4101117365
  • ISBN-13:978-4101117362
内容紹介:
少年時代に眼にした法師蝉の羽化の情景。僅か十日ばかりの残された時間を過ごすために幼虫の固い殻を脱ぐとき、蝉は体内のすべてが透けて見える儚げな姿をしていた。人もまた、逝く時が近づくと淡く透きとおった様子になってゆくものなのだろうか―。平穏な日々に忍び込む微かな死のイメージを捉えた表題作ほか、人生の秋を迎えた男たちの心象を静謐な筆致で描く短編9編を収録。

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