解説
『オリガ・モリソヴナの反語法』(集英社)
この作品によって、米原万里は名エッセイストから本格的な小説家へと歩みだした。「おもしろい」「感動した」という賛辞の嵐のなかで、実験的な小説技法も注目の的になった。たとえば、第一の物語のなかに第二の物語が仕込まれており、その第二のなかに第三の、第三のなかに第四……というように重層物語群が深い謎を生み出してゆく凝った構造――ロシアの伝説的な踊り子の悲劇的生涯を浮き上がらせるために、米原はマトリョーシュカ(入れ子式の木製人形)の構造を小説に取り込んだのだ。第二、第三、第四と新しい物語が現われるたびに、独裁者とその取り巻きたちの妄想が作り上げた〈国家〉なるものの壮大なウソが暴かれて行く過程は圧巻だった。もう一つ、「ヒロインの掏(す)り替(か)え」という大胆不敵な手法が読者を驚かせた。そして当然、だれもが次の小説を期待した。けれどもその願いは……叶えられることはなかった。
【この解説が収録されている書籍】
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