書評
『ボッコちゃん』(新潮社)
神技ショートショート
生まれて初めて読んだSFは、もうほとんど忘れられている旧ソ連の作家アレクサンドル・ベリャーエフのジュブナイル(児童もの)『両棲人間一号』だが、生まれて初めて買った文庫本は今なお版を重ねている。初版3万部でスタートし、累計発行部数は200万部以上。1971年5月に出た星新一の『ボッコちゃん』である。当時のお値段は160円。小学5年生だった僕は、真鍋博の瀟洒(しょうしゃ)なカバー(現行版とは違う鍵のイラスト)に包まれた新潮文庫を手にして、ちょっと大人になった気分を味わうと同時に、こんなに安くお得な本があるのかと感動した記憶がある。
その12年後、僕は新潮社に入社して、当の新潮文庫編集部で社会人生活のスタートを切ることになるのだから、げに『ボッコちゃん』効果は絶大だったというべきか。
この『ボッコちゃん』は、星新一にとっても、第一作品集『人造美人』から10年余を経てようやく出せた、初めての文庫だった。それだけにラインナップも気合いが入り、60年代に出した8冊のショートショート集から傑作ばかり50編を集める自選ベスト。どれをとっても歴史的な名作ぞろいだが、中でも、「人造美人」を改題して本来のタイトルに戻した表題作「ボッコちゃん」は、日本SF史上もっとも有名な短編だろう。冒頭から、星新一以外だれも書けない名文だ。
そのロボットは、うまくできていた。女のロボットだった。人工的なものだから、いくらでも美人につくれた。あらゆる美人の要素をとり入れたので、完全な美人ができあった。もっとも、少しつんとしていた。だが、つんとしていることは美人の条件なのだった。
相手のセリフをおうむ返しにするだけの人工無脳を搭載した接客ロボットを58年(初出時)の時点で描いた先見性もすごいが(人工無脳プログラムの元祖イライザが誕生するのは64年)、そのアンドロイドを“少しつんとしていた”と形容するあたりは神技としか言いようがない。けだし、星新一は最初からショートショートの神様だったのである。
西日本新聞 2015年6月30日
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