書評

『【第163回 芥川賞受賞作】破局』(河出書房新社)

  • 2020/10/16
【第163回 芥川賞受賞作】破局 / 遠野遥
【第163回 芥川賞受賞作】破局
  • 著者:遠野遥
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:ペーパーバック(148ページ)
  • 発売日:2020-07-04
  • ISBN-10:4309029051
  • ISBN-13:978-4309029054
内容紹介:
欲望を捨て、感情のゾンビになれ――母校のラグビー指導、公務員試験、そして新たな恋。順調な私を阻むものは、私自身に他ならない。

自分をも突き放す虚無の奥には

他人がよろしくない出来事を起こすと、あんなことをする人だとは思わなかったなどと言う人がいるが、他人がどんな人かを把握しているという認識に驚く。人格なるものは常に不安定で、瞬間ごとに変化していくはず。つまり、自分でさえ、自分のことを把握することなんてできやしない。

第一六三回芥川賞を受賞した本書は、母校の高校ラグビー部でコーチをしつつ、公務員試験の準備に励む大学四年生・陽介の一人語りで進む。政治家を目指す彼女の麻衣子と、お笑いライブで出会った灯(あかり)との間で気持ちが揺れるが、その波動は曖昧で捉えにくい。

吐き出した言葉を、次の瞬間に疑い始めるような思索が反復するが、それが物語の凹凸を作り出すことはなく、むしろ平坦に続く。

「私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ」

性欲だけでなく、欲に動かされる自分を客観視し、今の時代ってこんな感じでしょ、と言わんばかりに社会の規範を自らにぶつけ、言動を具体的に制御する。正しい人間と査定されることを望んでいるわけではないが、その手の査定に率先して理解を示していく。

「私は、チーズバーガーを食べるはずだった。ところが、急に魚のバーガーが私の心を捉えた」

この一文だけを引くと、あたかも英語の教科書の例文を訳したかのようだが、こういったスムーズな思考の連結に、細かなヒビが入っている。砂利のような思考の粒が挟まり咀嚼を拒むが、いつしか、その砂利ごと味わえるようになる。

陽介は、やたらと肉を食らう。突き放すように食う。他人に対しても、そして自分に対してもそんな態度だ。引き寄せては放り出す。価値を固定しようとする動きから、逃れようとする。どことなく虚無感に貫かれており、その虚無の中で何かしらが蠢(うごめ)いていることはわかるのだが、その正体をいつまでも発見させない。
【第163回 芥川賞受賞作】破局 / 遠野遥
【第163回 芥川賞受賞作】破局
  • 著者:遠野遥
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:ペーパーバック(148ページ)
  • 発売日:2020-07-04
  • ISBN-10:4309029051
  • ISBN-13:978-4309029054
内容紹介:
欲望を捨て、感情のゾンビになれ――母校のラグビー指導、公務員試験、そして新たな恋。順調な私を阻むものは、私自身に他ならない。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2020年8月1日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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