書評
『ウジョとソナ 独立運動家夫婦の子育て日記』(里山社)
命を守り、命をつなぐ 戦火の中の家族の営み
歴史を作るのは国ではなく、人間の営みである。1938年から46年まで、大韓民国臨時政府の独立運動家として中国へ渡った夫婦が、日本軍の侵攻から逃げながら、娘への愛情を注ぎ続けた。夫婦が実際に残した日記を孫娘が編纂し、それをグラフィックノベル化したのが本書である。娘・ジェシーを出産してわずか2週間後に汽車旅を強いられ、バスは崖から落ち、船は岩礁に激突し、幾度と身の危険に晒される。身近に迫る死を直視しながら、目の前の小さな命を守り抜く。戦火に逆らうように、娘はすくすくと成長していく。
「赤ん坊の心で生きている人は純粋な人だと、まるで特別のことのように言ったりするが、ほんとうは誰もが皆、生まれたときと同じ心をもって生きているはずだ」
娘の無邪気な表情に救われながら、人々から失われていく表情を憂える。戦火で奪われるのは住まいや命だけではない。人に自分の思いを伝える意欲そのものが剝奪されてしまう。
「小さな仕草、発する声、その一つ一つが私たちにはどれほど尊く大切だったか」
2人目の子供が生まれた時、女の子だと伝えると、周囲に失望が広がった。
「男の子が生まれなかったと残念がるこの現実こそ情けない」
歴史は、視点によって風景が変わる。この作品には、日本軍による無残な攻撃が描かれる。懸命に命をつなぐ夫婦と娘の頭上に爆撃を繰り返す。
戦争の歴史は、生き延びようとした人々の営みの集積であると同時に、生き延びることのできなかった人々の営みの集積でもある。そして、戦争とは、国と国の争いである前に、集団から個人を守る争いなのだと改めて知ることとなった。