書評

『日本語のために』(河出書房新社)

  • 2023/01/05
日本語のために /
日本語のために
  • 編集:池澤 夏樹
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(480ページ)
  • 発売日:2016-08-26
  • ISBN-10:4309729002
  • ISBN-13:978-4309729008
内容紹介:
日本全土の地理的な広がりを背景に生まれた、日本語・漢語・アイヌ語・琉球語といった多種多様な「日本語」のサンプルと論を、古代から現代まで、時代を超えて収録。古代に生まれた祝詞から、… もっと読む
日本全土の地理的な広がりを背景に生まれた、日本語・漢語・アイヌ語・琉球語といった多種多様な「日本語」のサンプルと論を、古代から現代まで、時代を超えて収録。古代に生まれた祝詞から、仏教やキリスト教の言葉、琉歌、いろはうた、辞書の言葉、また「ハムレット」や「マタイによる福音書」の翻訳比較、日本国憲法などを手がかりに、「日本語」そのものの成り立ちと性質を明らかにする。祝詞「六月晦大祓」(池澤夏樹・訳)、「ハムレット第三幕第一場」(岡田利規・訳)、「終戦の詔書」(高橋源一郎・訳)は新訳で収録。かつてない視点による画期的アンソロジー。

【目次】
1 古代の文体
祝詞/池澤夏樹 訳
古典基礎語辞典 大野晋 編著

2 漢詩と漢文
菅原道真/中村真一郎 訳
絶海中津 寺田透
一休宗純 富士正晴
良寛 唐木順三
日本外史 頼山陽/頼成一・頼惟勤 訳
夏目漱石 吉川幸次郎

3 仏教の文体
般若心経/伊藤比呂美 訳
白骨/伊藤比呂美 訳
諸悪莫作 増谷文雄

4 キリスト教の文体
どちりいな・きりしたん/宮脇白夜 訳
聖書
馬太伝福音書 ベッテルハイム訳/マタイ伝福音書 文語訳/マタイによる福音書 口語訳/マタイによる福音書 新共同訳/マテオによる福音書 フェデリコ・バルバロ訳/ケセン語訳 マタイによる福音書 山浦玄嗣 訳

5 琉球語
おもろさうし 外間守善 校注
琉歌 島袋盛敏

6 アイヌ語
アイヌ神謡集 知里幸惠 著訳
あいぬ物語 山辺安之助
萱野茂のアイヌ語辞典

7 音韻と表記
いろはうた 小松英雄
馬渕和夫『五十音図の話』について 松岡正剛
私の國語教室 福田恆存
新村出の痛憤 高島俊男
わたしの表記法について 丸谷才一

8 現代語の語彙と文体
辞書の言葉
ハムレット
坪内逍遥 訳/木下順二 訳/福田恆存 訳/小田島雄志 訳/松岡和子 訳/岡田利規 訳

9 政治の言葉
大日本帝国憲法
終戦の詔書/高橋源一郎 訳
日本国憲法 前文/池澤夏樹 訳
言葉のお守り的使用法について 鶴見俊輔
文章論的憲法論 丸谷才一

10 日本語の性格
意味とひびき――日本語の表現力について 永川玲二
文法なんか嫌いー役に立つか 大野晋
私の日本語雑記 中井久夫

祝詞から憲法までの言葉の姿

思考と文体は相互に影響し合う。リテラシー(読み書き能力)は時代とともに変化する。日本語はどのように変遷してきたのか。本書は、古代から現代までのさまざまな「文体のサンプル」と考察から成るアンソロジーだ。目次を見るだけでも面白い。祝詞(のりと)、漢詩文、仏典、キリスト教典、琉球語やアイヌ語の作品、いろはうたや五十音図、音韻と表記の考察、シェークスピアの訳、大日本帝国憲法や日本国憲法など、政治をめぐる言葉の例もある。

たとえば祝詞は「六月(みなづき)の晦(みそか)の大祓(おおはらい)」が取り上げられている。編者による現代語訳の前に原文の書き下し文が置かれる。原文の感じも味わえるようにという工夫だ。その直後、大野晋の編著による『古典基礎語辞典』が紹介されている。「なる【成る・生る】」「こと【言・事】」「もの【物・者】」など、気になる項目の抜粋が並ぶ。

漢詩文の章では、菅原道真、一休宗純、良寛の他に、英語英文学と漢詩文との間で葛藤した夏目漱石の漢詩が収録されている。幕末明治期のベストセラーである頼山陽『日本外史』も「壇浦の戦」の箇所など、ごく一部分だが収められている。武家の興亡を描くこの書物が、訓読体の音声の調子を伝える例ともなっている。

聖書の「マタイによる福音書」第二六章が、文語訳、口語訳、新共同訳など五種の訳で示され、さらに「ケセン語訳」が置かれる。岩手県・気仙沼あたりの方言。シェークスピアの「ハムレット」は、六人の訳が並ぶが、そこには差異と驚きがある。時代とともに移り変わる言葉の姿を眺めようとする本書の方針が見て取れる。

八八八六の音韻による琉歌や、樺太アイヌの記録なども収録。広い視野から眺め渡された日本語の多様な状態だ。小松英雄のいろはうたの考察、松岡正剛による「馬渕和夫『五十音図の話』について」、高島俊男「新村出(しんむらいずる)の痛憤」など、音韻と表記をめぐる論考も、日本語の現状と今後を考える上で興味深い例だ。永川玲二「意味とひびき――日本語の表現力について」や中井久夫「私の日本語雑記」なども、それぞれ簡明な筆致でわかりやすく、示唆に富む。

漢文訓読体の大日本帝国憲法の後に、高橋源一郎訳「終戦の詔書」が置かれる。言葉の意味とニュアンスの前で、考えさせられる。ふだん、言葉を読むとき、私たちは言葉のどこを見ているのだろうか。近代国家体制が作り出した「国語」は便利。だが切り捨ててきたものも少なくない。本書は、そんなことを考えることが可能な現在ではないか、と力強く問い掛ける、前代未聞のアンソロジーだ。
日本語のために /
日本語のために
  • 編集:池澤 夏樹
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(480ページ)
  • 発売日:2016-08-26
  • ISBN-10:4309729002
  • ISBN-13:978-4309729008
内容紹介:
日本全土の地理的な広がりを背景に生まれた、日本語・漢語・アイヌ語・琉球語といった多種多様な「日本語」のサンプルと論を、古代から現代まで、時代を超えて収録。古代に生まれた祝詞から、… もっと読む
日本全土の地理的な広がりを背景に生まれた、日本語・漢語・アイヌ語・琉球語といった多種多様な「日本語」のサンプルと論を、古代から現代まで、時代を超えて収録。古代に生まれた祝詞から、仏教やキリスト教の言葉、琉歌、いろはうた、辞書の言葉、また「ハムレット」や「マタイによる福音書」の翻訳比較、日本国憲法などを手がかりに、「日本語」そのものの成り立ちと性質を明らかにする。祝詞「六月晦大祓」(池澤夏樹・訳)、「ハムレット第三幕第一場」(岡田利規・訳)、「終戦の詔書」(高橋源一郎・訳)は新訳で収録。かつてない視点による画期的アンソロジー。

【目次】
1 古代の文体
祝詞/池澤夏樹 訳
古典基礎語辞典 大野晋 編著

2 漢詩と漢文
菅原道真/中村真一郎 訳
絶海中津 寺田透
一休宗純 富士正晴
良寛 唐木順三
日本外史 頼山陽/頼成一・頼惟勤 訳
夏目漱石 吉川幸次郎

3 仏教の文体
般若心経/伊藤比呂美 訳
白骨/伊藤比呂美 訳
諸悪莫作 増谷文雄

4 キリスト教の文体
どちりいな・きりしたん/宮脇白夜 訳
聖書
馬太伝福音書 ベッテルハイム訳/マタイ伝福音書 文語訳/マタイによる福音書 口語訳/マタイによる福音書 新共同訳/マテオによる福音書 フェデリコ・バルバロ訳/ケセン語訳 マタイによる福音書 山浦玄嗣 訳

5 琉球語
おもろさうし 外間守善 校注
琉歌 島袋盛敏

6 アイヌ語
アイヌ神謡集 知里幸惠 著訳
あいぬ物語 山辺安之助
萱野茂のアイヌ語辞典

7 音韻と表記
いろはうた 小松英雄
馬渕和夫『五十音図の話』について 松岡正剛
私の國語教室 福田恆存
新村出の痛憤 高島俊男
わたしの表記法について 丸谷才一

8 現代語の語彙と文体
辞書の言葉
ハムレット
坪内逍遥 訳/木下順二 訳/福田恆存 訳/小田島雄志 訳/松岡和子 訳/岡田利規 訳

9 政治の言葉
大日本帝国憲法
終戦の詔書/高橋源一郎 訳
日本国憲法 前文/池澤夏樹 訳
言葉のお守り的使用法について 鶴見俊輔
文章論的憲法論 丸谷才一

10 日本語の性格
意味とひびき――日本語の表現力について 永川玲二
文法なんか嫌いー役に立つか 大野晋
私の日本語雑記 中井久夫

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2016年10月2日

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