書評

『ジャーナリズム作品集』(現代企画室)

  • 2023/03/06
ジャーナリズム作品集 / ガブリエル・ガルシア・マルケス
ジャーナリズム作品集
  • 著者:ガブリエル・ガルシア・マルケス
  • 翻訳:鼓直,柳沼孝一郎
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(339ページ)
  • 発売日:1991-04-01
  • ISBN-10:4773891025
  • ISBN-13:978-4773891027
内容紹介:
ジャーナリズムの世界に足を踏み入れた若き日のマルケス。新聞紙上に書かれた膨大な数のコラムは、単なる客観的事実の伝達に終わらず、小説的な世界に読者を誘う。

マルケスの傑作ノンフィクション

ガルシア=マルケスに『ジャーナリズム作品集』というのがある。彼がまだ学生だったころにアルバイトで書いていた新聞記事からその後売れない作家が糊口をしのぐために手掛けたものまで、実に様々な種類の「作品」がそこには収められている。現在第五巻まで出ていて、一九四八年から一九六〇年までが扱われているが、その後の時期に書かれたものも集められる予定らしいから巻数はまだ増えるだろう。ちなみに彼は、無名作家のころすでにジャーナリストとしては一流とみなされていたのである。

この『作品集』がぼくは好きでたまらない。というのも、ここにはガルシア=マルケスのすべてがあるからだ。編纂者による年譜を案内に辿れば彼の歴史が見えてくるし、後に単行本となるルポルタージュ『ある遭難者の物語』を伝説的新聞「エル・エスペクタドール」に発表されたときの形で読むこともできる。海軍の駆逐艦が密輸品の運び屋をやっていたことを暴いてしまったこの連載記事によって彼は身が危なくなり、ヨーロッパに事実上の亡命をするのだが、それを知っているだけに連載記事を追うことで一層のサスペンスを味わうことができる。それはまた、彼の進行中の作品を読んでいくことでもある。

たとえば、この『作品集』には、後に長篇『落葉』さらには『百年の孤独』の一部となる習作的断片がある。当時の彼は「文学的記事」を書くよう努めていたというが、『作品集』はそうした純粋に文学的なものから、ゴシップ記事、映画評、ハードな政治・経済に関する記事に至るまで、ありとあらゆるものがぶちこまれてふつふつとたぎる大鍋なのだ。この中で煮えるものはしたがって、基本的には同じ味を持っている。彼の書いた「作品」は、三面記事も小説も同じ味がするのはそのことによっている。数年前に訳した『予告された殺人の記録』は、その大鍋でじっくり煮込み、彼としては丁寧に皿に盛りつけた料理に他ならない。

ところでガルシア=マルケスは、文学とジャーナリズムをどのように分けているのだろう。彼の作品を見ていくと、ただちに気がつくことがある。それはラテンアメリカの多くの作家のように、同時代的な問題を生の形で小説に持ち込んだりはしないということだ。自ら言っているように、彼の作品は「現実」から生れたものであり、具体的な「事実」に基いている。しかし彼は、小説にするときには決まって神話性を与える。たとえば時間を混乱させるという方法を使う。そのいい例が『落葉』で、エピグラフでは一九二八年(つまり彼の生れた年)までの物語であるかのように書かれていながら、その中に出てくる選挙にともなう騒動が一九五〇年代の事件であることは明らかだ。あるいは『予告された殺人の記録』では、現実の殺人犯は魚屋の兄弟なのに、小説では双子の豚飼いになるとともに、殺人自体もきわめて儀式的に描かれている。これに対し、ジャーナリズムの場合はできるだけ神話性を抑え、少なくとも時問については歴史的時間を用いているのが特徴といえるだろう。しかしそれとても相対的なもので、事実を損わない限り、彼は神話性を付与したいという欲望に逆らおうとはしない。そのために『ある遭難者の物語』はもとより、キューバのアンゴラ派兵を追ったルポルタージュ『カルロータ作戦』ですら、幻想的だと評されることになるのだ。この神話性から生れる幻想性こそ彼の作品の味に他ならない。

昨年、彼の『戒厳令下チリ潜入記――ある映画監督の冒険』そしてその邦訳(後藤政子訳、岩波書店)が出た(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1987年)。コロンビア本国では初版二十五万部という予告されたべストセラーであるこの本は、手元のアルゼンチン版が四万部、さらにメキシコ、スペインでも別の版が大量に発行されたはずだが、『カルロータ作戦』(七六年)、『ニカラグアの戦い』(七九年)以来久々のルポルタージュである。もっとも生の素材を用いたリアリズムの作品としては、キューバ革命のときのカストロたちによるモンカダ兵営襲撃を想起させるニカラグア革命の歴史の一コマを描く映画のシナリオ『ビバ・サンディーノ』(八二年)があり、彼の現実参加が決まって小説以外のところで行なわれていることを指摘しておきたいが、それはともかく、チリの亡命監督、ミゲル・リティンの冒険が、ガルシア=マルケスの血を沸き立たせたことは間違いない。そう、アンゴラへ赴いたキューバ兵たちにゲバラの姿を見ているように、彼はロマンチックな冒険が大好きなのだ。

大統領暗殺未遂計画の発覚によりつい最近も戒厳令が敷かれたチリは、周囲の国が民主化されていく中で、ついに孤立した軍政の国になってしまった。とはいえ、大統領ピノチェットのしぶとさは晩年のフランコを思わせるほどで、彼は自分が延命できる憲法さえ作ってしまった。そのチリへの決死の潜入記を、ガルシア=マルケスは『遭難者』同様主人公の口を借りて一人称で語る。この語り口は、チリ風の言い回しがあろうと、やっぱりマルケス節としか言いようのないものだ。しかも主人公のずっこけぶりがやたらおかしい。あのバルガス=リョサの生真面目ルポルタージュとは正反対のスラップスティックスなのである。初めは緊張し、慎重に行動していたリティンは、予想とは裏腹に、首都が繁栄し平穏なのにまずは肩すかしを食ってしまう。もちろん、人々の無表情に内的亡命を読み取ることを忘れはしないが。彼は変装した自分が見破られないためにアイデンティティーの危機を感じるというタイプの人間で、ノスタルジーに駆られるあまり、仲間の迷惑を承知で勝手な行動をし、国家警備隊員に怪しまれるまで喋りかけたりする。このようなキャラクターは、やたら現実参加や告発を叫ぶ作家には決して描けない。人間の悪や弱さをも何か魅力的なものに変えてしまい、リティンの亡命をどこか宿命的なものに感じさせる。これこそガルシア=マルケスの魔術に他ならない。最後に、日本でも公開されたリティンの映画「アルシノとコンドル」には、明らかに『百年の孤独』のそれと分かるイメージがずいぶんあったことを言い添えておこう。
ジャーナリズム作品集 / ガブリエル・ガルシア・マルケス
ジャーナリズム作品集
  • 著者:ガブリエル・ガルシア・マルケス
  • 翻訳:鼓直,柳沼孝一郎
  • 出版社:現代企画室
  • 装丁:単行本(339ページ)
  • 発売日:1991-04-01
  • ISBN-10:4773891025
  • ISBN-13:978-4773891027
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ジャーナリズムの世界に足を踏み入れた若き日のマルケス。新聞紙上に書かれた膨大な数のコラムは、単なる客観的事実の伝達に終わらず、小説的な世界に読者を誘う。

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初出メディア

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新潮45 1987年2月

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