書評
『ニューロマンサー』(早川書房)
人間を超える機械
シュワルツェネッガーが久々にT-800を演じるシリーズ第5作「ターミネーター:新起動/ジェニシス」が、今週末、いよいよ日本公開される(事務局注:本書評執筆は2015年7月)。ひと足早く試写で観(み)たところ、映画の出来は上々。エミリア・クラーク演じる新しい(別の時間線の)サラ・コナーがたいへんキュートでしたが、改めて驚いたのは、第1作からもう30年以上たっていること。ジェイムズ・キャメロン監督のメジャー・デビュー作「ターミネーター」が全米で公開されたのは1984年だったんですね。この映画の背景は、機械が人類に対して反乱を起こした未来。機械側のリーダーは、知性を持つコンピュータ、スカイネット。まだインターネットが存在しない時代に“ネットワーク接続されたコンピュータ”を登場させたところにキャメロンの先見性がある。同じ1984年、コンピュータのイメージを決定的に変えるSFがアメリカで出版されている。すなわち、サイバーパンクSFの元祖、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』(黒丸尚訳、ハヤカワ文庫SF)。
〈港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった〉という冒頭の1行で読者をぐっとつかみ、電脳空間(サイバースペース)、没入(ジャック・イン)、擬験(シム・スティム)などなどの見慣れない造語群がまったく新しいSF世界を構築する。
主人公のケイスは腕利きのコンピュータ・カウボーイだが、契約違反の制裁として、マトリックス(電脳空間)に入るための没入能力を奪われ、千葉市(チバ・シティ)でやさぐれている。そんなケイスの前に現れた女が、やがて彼を危険な仕事へと導く……。
その背後で糸を引いているのが、冬寂(ウィンター・ミュート)という名のAI(人工知能)。こちらも、もしコンピュータが人類を凌駕(りょうが)する知性を持ったら--というアイデアが出発点。同じ発想に基づき、それぞれ一時代を画した映画と小説が同じ年に誕生したというのも、考えてみると妙に因縁めいて面白い。『ニューロマンサー』に始まるサイバーパンクは80年代SFを席巻。黒丸尚によるギブスン翻訳の文体は日本でも一世を風靡(ふうび)し、秋山瑞人、古橋秀之、冲方丁、伊藤計劃などに影響を与えている。
西日本新聞 2015年7月7日
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