書評
『死者の書』(東京創元社)
神と父親をめぐって
早死にした父親を持つ息子の切ない夢に、いつか父親が生き返って、息子の困っているところを助けにやってくる、というのがある。これはかなり小説的なテーマだと思うのだが、実際にこんな夢を物語にした小説は少ない。近代的図式である「父と子」の対立・葛藤形式のものはごまんとあるが。そんな中で、思いがけないファンタジー・ホラーのジャンルに面白いのをみつけた。ジョナサン・キャロルの『死者の書』。
天才作家、マーシャル・フランスは、大のマスコミ嫌い、人間嫌いで、ミズーリ州のゲイレンという小さな町で、娘のアンナと引きこもって暮らしていた。そして、アンナを慰めるため『夜がアンナに駆け込む』の執筆にとりかかる。その小説の登場人物は、みんなゲイレンの町の人たちがモデルだった。
執筆中にふしぎなことが起きる。小説の中である人物を死なせた。それと同時にモデルとなった実在の人物も死ぬ。
フランスは、自分が何か書くとその通りのことが起きるのを発見する。書いただけでぱっと。彼はその小説の執筆を中断して、ゲイレン日誌・歴史を西暦三〇一〇年まで、四十六冊のノートに書き記したのち、突然、娘とゲイレンの町を残して死ぬ。作者が死ねば、ゲイレンも消えるか。消えない。なぜなら三〇一〇年まで書かれているから。――ところが、死後二年ほどたつと、彼が日誌にこめたエネルギーが薄れてきて、出来事が書かれた内容から逸脱しはじめる。町はパニックにおちいる。
そこへフランスの熱狂的な愛読者で、若い高校の国語教師のぼくが学校をやめて、フランスの伝記を書くためゲイレンにやってくる。ぼくは調査と取材を進めてゆくうちに、この町が尋常でないことに気付き、伝記の執筆に逃げ腰になる。
ところが、娘のアンナは、ぼくを誘惑して、父の伝記をなんとか書かせようとする。その一生の物語を正しく書かせることによって、父を、つまり、この町の創造者を再び甦らせることができる、と信じて。
ぼくが筆を執るや町は正常に動きだし、フランスがゲイレンの町に引きこもるために汽車でやってくる場面まで書き進むと、町民たちは色めき立つ。彼を出迎えに、いまは列車の停まらなくなった廃駅にむかって殺到する。停まるはずのない列車が停まる。フランスが再びゲイレンにやってきた。神が!
フランスが再生されれば、彼にとってぼくは用済み、というより町の秘密を知った唯一の人間として抹殺されなければならない。フランスは刺客をさし向ける。ぼくはカナダ、ドイツ、フランスへと逃げる。逃げながら今度は、早死にしたぼくの本当の父親の伝記を書き継ぐ。
ぼくが追手につかまり、あわやという寸前、父親が現れてぼくを救う。ぼくはフランスを甦らせたが、自分の本物の父親をも筆の力で生き返らせていたのだ。
ゲイレンとアンナの創造主にしてぼくの文学上の父たるフランス。そして、現実の血縁の父親。この二人を、ぼくは完璧な伝記を書くという方法で甦らせ、しかも片方の父に命を狙われ、片方の父に救われる。
父とは何か。いうまでもなく創造主たる神。息子とは? 被造物としての人間。
冒頭の、切ない夢の根っこには、どうやら神への希求があるということになるのか。それとも逆に、父親への切ない思いが神の観念を呼びよせるのか。……といったかなり高級な観念をめぐって、スリルと迫力満点の読書が満喫できる。
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