書評
『猫持秀歌集 猫とみれんと』(文藝春秋)
これもまた歌!
近頃、いわゆる近代短歌とは全然違うスタイルの短歌が詠まれるようになってきたのは、まことに御同慶の至りである。たとえば、『土曜の夜はケータイ短歌』というラジオ放送がある。主に若者たちが、ともかく三十一文字(敢て五七五七七とは言わぬ)の形に捏ね上げた生活感情丸出しの歌を投稿してくる、というものであるが、これが実に面白い。感情がいかにも生々しいからだ。今回取り上げるのは、いわばそういう現代短歌の新風の一つで、寒川猫持という本業目医者さんの歌人が作った私家集である。
女子大の健康診断なつかしや
しかし目医者は目玉診るだけ
わはははっと笑う。笑いながら、実は女子大の健康診断という語からすぐにヨカラヌ想像をした自分を笑っていることに気付くのである。
いわばこの歌集は、かかる自虐的ユーモアに充ち満ちていて、抱腹絶倒、でもペーソスにホロリ、そういう世界なのである。
彼は妻に去られてバツイチ独身ということらしいのだが、
虫すだく夜にりんりん見る夢は
ふたたび君と暮す街角
などとあられもなき妻恋いの歌を連ねてもいる。もののあわれ、とはげにこれを言うのであろう。
帰らざるものは時にはあらずして
ボクのこころの中の少年
作者の飼い猫にゃん吉君を詠んだ歌はあれこれ引く紙幅を得ないが、ただ可愛い小猫の写真を連ねた本が猛烈に売れる世の中に、せめて写真を見て嬉しがるだけでなく、そこにもう少し深いものを感じていたい。
お毒味はぜったい猫の拙者めに
これこれ全部食べてはいかん
うーん、いいなあ。
初出メディア

スミセイベストブック 2008年4月号
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