書評

『二・二六事件と青年将校 (敗者の日本史)』(吉川弘文館)

  • 2017/07/20
二・二六事件と青年将校  / 筒井 清忠
二・二六事件と青年将校
  • 著者:筒井 清忠
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(258ページ)
  • 発売日:2014-07-22
  • ISBN-10:4642064656
  • ISBN-13:978-4642064651
内容紹介:
蹶起した青年将校たちの“昭和維新”はなぜ失敗し、彼らは敗者とされたのか。計画から実行・鎮圧、後世の影響までを克明に再現。

「流言蜚語」的歴史叙述を退かせる試み

二・二六事件の鎮圧部隊(近衛歩兵第二連隊)の一兵士だった父親(存命なら今年百歳)からよく聞かされたので、この大事件には前々から興味をもっていたが、どうにもわからない謎がたくさんあった。本書は、東京地検で軍法会議記録が発見されて以来積み重ねられた学術的研究を踏まえて、「『流言蜚語(りゅうげんひご)』的歴史叙述には退いてもらうべく」昭和史研究の第一人者が試みた「二・二六の謎」の解明作業である。

いきなり核心的疑問から行こう。西欧的なクーデター技術からすると、青年将校率いる蹶起(けっき)部隊は「君側の奸臣(かんしん)」の斬除(ざんじょ)という第一ステージを達成したのだから、直ちに第二ステージの「皇道派暫定政権(真崎甚三郎内閣)」の樹立に向けて宮城占拠を含めた強硬策を推し進めるべきであったということになる。たしかに川島義之陸相や本庄繁侍従武官長らの参内(さんだい)による真崎政権樹立工作は行われたが、最終的には木戸幸一内大臣秘書官長の進言を容(い)れた天皇が新内閣組閣を断固拒否したことで工作は不発に終わり、最後は「下士官兵ニ告グ」の帰順命令へと至るのである。いいかえると、クーデター失敗の根本原因は青年将校たちが君側の奸臣を斬除しさえすれば天皇は蹶起側に味方すると信じて、明治維新で大久保や岩倉が行ったような「玉(ぎょく)取り」に行かなかったことにあるのだが、著者はこの不決断にこそ二・二六の象徴的意味があるとして、それを次の二分法によって説明する。

すなわち、二・二六青年将校と一口にいっても実際には改造主義派と天皇主義派の二つに分類される。北一輝の『日本改造法案大綱』を教科書にして変革を目指した磯部浅一、村中孝次、栗原安秀たちが改造主義派で、斬奸の後に上部工作を通しての政治的変革を最終目的とする。これに対し天皇主義派は「『斬奸』によって天皇周辺の『妖雲』を払えば本来の『国体』が現われて自然に日本の国は良くなると考えていた」竹島継夫中尉、高橋太郎少尉、安田優少尉らであり、蹶起の目的は斬奸のみ。つまり天皇主義派からみれば、二・二六は成功だったことになるのである。「『斬奸』後の計画のないことが『私心』のないことの証とされている」

問題は、改造主義派も内心では天皇主義を免れなかったため、クーデター計画を天皇主義派の立場を考慮しながら練らねばならなかったことにある。計画の手順は、(1)岡田啓介内閣の倒壊→(2)新首相推薦者中の反対派の排除→(3)皇道派暫定政権(真崎政権)反対派の排除→(4)皇道派暫定政権成立を天皇に進言する人物の参内促進→(5)皇道派暫定政権の成立、であった。(1)(2)(3)は成功したにもかかわらず(4)で頓挫した第一の理由は天皇の意向が本庄繁侍従武官長から女婿山口一太郎大尉を介して伝わった際、情報が歪(ゆが)んで天皇は皇道派に同情的と解釈された点にある。しかし、最大の理由は、村中孝次に典型を見るように、宮城占拠で天皇直訴という強硬手段をどうしても取れず、「天皇主義の倫理性」という「誠実性」の枠内に留(とど)まったことである。「それが運動の原点だったから動かすわけにはいかなかったのである」

なるほど、これでよくわかった。最大の謎は解けたのである。

このほか石原莞爾(かんじ)が蹶起将校に同情的で参内促進にも積極的だったり、「蹶起の趣旨に就(つい)ては 天聴(てんちょう)に達せられあり」の「陸軍大臣告示」が真崎らによって予(あらかじ)め用意されていたとする陰謀史観が退けられたり、昭和史ファンにとって蒙(もう)をひらかれる記述が目白押しである。

二・二六を昭和維新思想の決着として読むという試みは充分に成功している。
二・二六事件と青年将校  / 筒井 清忠
二・二六事件と青年将校
  • 著者:筒井 清忠
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(258ページ)
  • 発売日:2014-07-22
  • ISBN-10:4642064656
  • ISBN-13:978-4642064651
内容紹介:
蹶起した青年将校たちの“昭和維新”はなぜ失敗し、彼らは敗者とされたのか。計画から実行・鎮圧、後世の影響までを克明に再現。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2014年9月7日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
鹿島 茂の書評/解説/選評
ページトップへ