書評
『どうで死ぬ身の一踊り』(KADOKAWA)
いやいやいやいやっ、かなり面白い人材ですよ、第一三四回芥川賞候補になった西村賢太は。「けがれなき酒のへど」が二〇〇四年下半期同人雑誌優秀作として「文學界」に掲載され、その後「群像」に「一夜」という短篇が載り、「どうで死ぬ身の一踊り」(「群像」〇五年九月号)でめでたく芥川賞候補に挙げられたわけですが、これら三作すべてが藤澤淸造という大正期に不遇を託った作家にイレあげてる〈私〉を語り手にしたシリーズものになっておりますの。で、どうもこの〈私〉というキャラが作者と果てしなく近いらしい。つまり、西村作品は私小説というジャンルにあたるわけです。
「私小説? ゲエェーッ」とか言ってる、そこのエンタメしか読まない、てか読めない痴れ者の御前様、だまされたと思って読んでみなされ、「どうで――」を。〈私〉が淸造の追悼法要のため金沢へ行くまでの展開が少しかったるいかもしれませんけど、我慢して読みなされ。さすれば、驚嘆。爆笑天国が御前様を待ち構えておりますの。というのも、この〈私〉、かなりダメ人間なんですよ。作者がまた、その自分のダメぶりを私小説の伝統にのっとって(というよりは藤澤淸造リスペクトゆえに?)、相当偽悪的に描いてるんですの。
小学五年生の時に〈強盗の中に姦の時に文字も入る、ハレンチきわまりない〉犯罪で父親が捕まり、自分は十代を〈中学を卒えたきり定職にもつかず〉フラフラ過ごし、母との縁も切れ、〈金がなくなって“帰宅”していた私といさかいになり、文字通りの半殺しの目に遭わ〉された姉は家出をしたきり行方不明。その後、〈根が虫のつくほど青臭い文学青年〉に成長した〈私〉は、非業の最期を遂げた作家・藤澤淸造に夢中になり、生原稿や手紙、はては卒塔婆まで蒐集するようなおたくと化し、淸造全集の刊行を悲願と定めるに至っているという次第。が、なかなかうまく事が運ばず、〈ここ数年来ひどく酒癖が悪くなり、殊に冷酒なぞ飲むと老若男女の区別なく、えらく暴力的な言動、振舞に及び、それで警察沙汰になったのも二度や三度のことではなかった〉――ね、かなりダメでしょ? 時代遅れなまでに純文学的な人生。そこがステキ、今となっては新鮮。
もちろんモテません。全身喪男です。そのあたりの事情は、風俗嬢にのめりこんで大金を騙し取られるエピソードを綴った「けがれなき酒のへど」で、ぜひとも確認いただきたいのですが、この作品ではそんな喪男にも同棲相手が出現しているのが新機軸。相手は六歳下の女性なんですが、〈私〉は彼女の実家から全集資金として三百万も借り、また日々の生活費のほとんどを彼女に頼っておるくせにですね、なんと暴力をふるうんであります。チキンの入っていないチキンライスに怒り、便座を上げておかなかったといって怒鳴り、女の下着に精を放ったのを「変態!」となじられて殴り、カツカレーを貪り食っている様を「豚みたい」と言われ星一徹と化し、料理をひっくり返しちゃ、骨が折れるほど足蹴をくれる。サイテーのDV野郎なんですの。
けど、それを描く筆致が得も言われぬほどの可笑しみと哀れをかもすのが◎。自分の喋り言葉を近代文学調にし、女のそれを現代調にすることで、〈私〉の現実乖離ぶりを読者に伝えるといった工夫も効果的。車谷長吉路線ではあるけれど、長吉っつぁんよりは観念的でなく俗っぽさを色濃く残しているところも良い個性になっているように思えますの。また一人、トヨザキお気に入りの作家が増えました。二月上旬には初の作品集も刊行予定。私小説に偏見を持ってる御前様も是が非でも読むがよろしいよ。
【この書評が収録されている書籍】
「私小説? ゲエェーッ」とか言ってる、そこのエンタメしか読まない、てか読めない痴れ者の御前様、だまされたと思って読んでみなされ、「どうで――」を。〈私〉が淸造の追悼法要のため金沢へ行くまでの展開が少しかったるいかもしれませんけど、我慢して読みなされ。さすれば、驚嘆。爆笑天国が御前様を待ち構えておりますの。というのも、この〈私〉、かなりダメ人間なんですよ。作者がまた、その自分のダメぶりを私小説の伝統にのっとって(というよりは藤澤淸造リスペクトゆえに?)、相当偽悪的に描いてるんですの。
小学五年生の時に〈強盗の中に姦の時に文字も入る、ハレンチきわまりない〉犯罪で父親が捕まり、自分は十代を〈中学を卒えたきり定職にもつかず〉フラフラ過ごし、母との縁も切れ、〈金がなくなって“帰宅”していた私といさかいになり、文字通りの半殺しの目に遭わ〉された姉は家出をしたきり行方不明。その後、〈根が虫のつくほど青臭い文学青年〉に成長した〈私〉は、非業の最期を遂げた作家・藤澤淸造に夢中になり、生原稿や手紙、はては卒塔婆まで蒐集するようなおたくと化し、淸造全集の刊行を悲願と定めるに至っているという次第。が、なかなかうまく事が運ばず、〈ここ数年来ひどく酒癖が悪くなり、殊に冷酒なぞ飲むと老若男女の区別なく、えらく暴力的な言動、振舞に及び、それで警察沙汰になったのも二度や三度のことではなかった〉――ね、かなりダメでしょ? 時代遅れなまでに純文学的な人生。そこがステキ、今となっては新鮮。
もちろんモテません。全身喪男です。そのあたりの事情は、風俗嬢にのめりこんで大金を騙し取られるエピソードを綴った「けがれなき酒のへど」で、ぜひとも確認いただきたいのですが、この作品ではそんな喪男にも同棲相手が出現しているのが新機軸。相手は六歳下の女性なんですが、〈私〉は彼女の実家から全集資金として三百万も借り、また日々の生活費のほとんどを彼女に頼っておるくせにですね、なんと暴力をふるうんであります。チキンの入っていないチキンライスに怒り、便座を上げておかなかったといって怒鳴り、女の下着に精を放ったのを「変態!」となじられて殴り、カツカレーを貪り食っている様を「豚みたい」と言われ星一徹と化し、料理をひっくり返しちゃ、骨が折れるほど足蹴をくれる。サイテーのDV野郎なんですの。
けど、それを描く筆致が得も言われぬほどの可笑しみと哀れをかもすのが◎。自分の喋り言葉を近代文学調にし、女のそれを現代調にすることで、〈私〉の現実乖離ぶりを読者に伝えるといった工夫も効果的。車谷長吉路線ではあるけれど、長吉っつぁんよりは観念的でなく俗っぽさを色濃く残しているところも良い個性になっているように思えますの。また一人、トヨザキお気に入りの作家が増えました。二月上旬には初の作品集も刊行予定。私小説に偏見を持ってる御前様も是が非でも読むがよろしいよ。
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