前書き

『〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁』(毎日新聞出版)

  • 2022/03/04
〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁 / 養老 孟司
〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁
  • 著者:養老 孟司
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2022-02-19
  • ISBN-10:4620327263
  • ISBN-13:978-4620327266
内容紹介:
「希望は自分のなかにある」毎日新聞に掲載された名物書評が待望の書籍化!養老先生が今、本を通して人びとへ伝えたいメッセージとは
「『本当の自分』などわかりはしない。それを昔から希望と呼んだのである」

毎日新聞で2004年からつづく養老孟司さんの名書評の数々が、待望の書籍化。『〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁』(毎日新聞出版)として発売されます。

脳科学から進化論、昆虫、農業、建築、デザイン、ノンフィクションに小説まで、さまざまな本の読みどころを解きあかす手腕は著者ならでは。今を生きる人びとへのメッセージが詰まった、類のない読書ガイドとなっています。

本書の「まえがき」を特別公開します。

 

「モノの世界」から考える

毎日新聞出版の永上さんとは長いお付き合いである。その永上さんが私が毎日新聞に五週に一回ほどの頻度で書いていた書評を選んで本にしたいと言ってこられた。書評を集めて本するというのは、例がないわけではない。でもよくわからないが、「他人の褌で相撲をとる」ような感じがしないでもない。他人の書いたものを元にして、あれこれ言う。それが本になるというのも、いささか奇妙なものである。

長年書き続けてきた書評だから、たくさん溜まっている。その中から、永上さんが選んでくれて、この本が成立した。毎日新聞の書評欄は、他の新聞の書評欄とは違っている。本は評者が勝手に選んでいい。長さは新聞の紙面という制約を考慮した上で、できるだけ長くする。これは書評欄の立ち上げに尽力した、故丸谷才一氏の意見だったはずである。

年寄りだから、昔のことを言う。丸谷さんには、書評ではお世話になった。おそらく丸谷さんの差し金で、神奈川テレビで対談書評に参加したことがある。メンバーは丸谷さん以外に菅野昭正、島森路子さんなどだったと思う。テレビは印刷物と違って、消えてしまうので、頭に残らない。唯一記憶しているのは、スティーブン・キングの『IT』を私が取り上げたときに、相手が菅野さんだったことである。「文章が粗いね」と一言言われたことを覚えている。キングは言ってみれば大衆作家だから、そういう面もあろうかと思って、素直に「そうですか」と受け入れた。

わざわざそう書くのは、私は素直に返答しない癖があって、良く相手の逆を言う。丸谷さんはそれをよく知っていて、ある会合で私が遅れて行ったときに、私に何かを問いかけた。その時も私は逆を言ったので、まさに丸谷さんが私はそう言うだろうと思った通りの返答をしたのである。おかげで皆に笑われ、丸谷さんはしてやったりとニコニコしていた。

私は丸谷さんにはお世話になったし、目をかけてもらったと思う。その契機はおそらく丸谷さんが「言葉は伝達の手段である」と『文章読本』に書かれたのに対して、若気の至りで「小説家にそんなことを言われても困る」という類の反論を書いたからであろう。言語は「創造の手段でもある。そこに文学における創造性がある。」と思っていたから、そう反論したので、そんなことは丸谷さんは百も承知だったはずである。だから「よく読んでもらえばわかる、君の誤解だよ」と初めてお会いした時に言われた覚えがある。戦前の言論空間について述べられた文章で、「あの文脈だから、ああいう表現になったんだよ」と言われた。毎日新聞の書評欄のメンバーに加えていただいたのも、おそらく丸谷さんの口添えがあったからだろうと推測している。丸谷さんはすでに亡くなられて久しいが、遅ればせながら、おかげさまでこんな本ができましたと、霊前にご報告させていただきたいと思っている。

本書の内容は読んでいただけばわかる。自分の好みで本を選んでいるから、自然に関するものが多い。翻訳本が多くなるのは、自然の中の特殊な話題について、踏み込んだ記述があるのは、外国人が書いたものに多いからである。自然はさまざまな面を持っているので、論じやすいという利点もある。最終的には自然というモノの世界に戻って、考え直すこともできる。そこがいわゆる「文科系」といちばん違う所であろう。

翻訳書の書評については、翻訳自体の問題が起こるのは間違いない。自然科学の場合なら、学会で単語の訳を規定している場合もあるが、それ自体が気に入らないという意見が出るのは仕方がない。書評を書くときにかならず原著を同時に読むという方法もあるが、これも問題を複雑にするだけで、解決にはならないと思う。現在では機械翻訳が進んでいるが、そもそも異なる言語体系が相互翻訳可能かという問題は常に残るであろう。そんなことは気にせずに機械翻訳をどんどん進めてしまえばいい、というのが大方の意見であろう。たとえそうだとしても、大本には面倒な問題があるはずだということは、記憶のどこかにとどめておいてほしいと思う。

書評をどう書くかは、根本的にはその本と自分との距離をどうとるか、であろう。丸谷さんはその本をダシにして、自分の意見を書くのがいちばんいけないといっておられたという記憶がある。それだけは私も拳拳服膺して、内容の紹介より自分の意見が長くならないように心してきた。評者の立ち位置はどこか、といってもいいが、これは難しい。いまだに正解は持てない。

[書き手]養老孟司
〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁 / 養老 孟司
〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁
  • 著者:養老 孟司
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2022-02-19
  • ISBN-10:4620327263
  • ISBN-13:978-4620327266
内容紹介:
「希望は自分のなかにある」毎日新聞に掲載された名物書評が待望の書籍化!養老先生が今、本を通して人びとへ伝えたいメッセージとは

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