書評
『ヨコモレ通信』(文藝春秋)
辛らつで笑いあふれる消費文明探訪記
文字通り人をなめた筆者名です。おまけに人前でうっかり口に出したら品性を疑われかねないタイトル。しかし、そんなことで本書を敬遠したら、この上なく繊細で辛らつな消費文明レポート、今の日本で最も独創的なスペクタクル社会論を見逃すことになってしまいます。本屋の女性店員の前で書名を口にするのが恥ずかしい男性読者は、ネット書店でも利用して読んでみてください。これまで自分がテレビや雑誌でよく知っていると信じていた日本という社会の恐ろしいほどの奥深さが見えてきて、めまいでへなへなと脱力してしまうでしょう。
辛酸なめ子さんは、その名も『処女☆伝説』という著書をもつ若き才媛(さいえん)です。マニアックなうんちくを傾けるエッセーマンガで一部に熱狂的な人気を呼んでいますが、本書では、標的を「情報化社会からヨコモレした事象」に定め、メモ帳とデジカメを両手に、様々なスポットに侵入しては、「心の羽根でヨコモレをキャッチし」、トリップ感覚と笑いにあふれる探訪記事を書きつづけています。
なめ子さんの赴く場所は、広大な都庁の土産物屋の隣に出現した古代ローマ神殿風バーから始まり、七〇〇〇円以上の料金を払って飼い主が下僕のように奉仕する犬用温泉「綱吉の湯」、荒川区で一番ギラギラ輝くスター北島康介アテネ決勝中継応援会、池袋防災館、食虫植物展、上智大学ミスコン、江原啓之霊能イベント、眉サロン「アナスタシア」と、多彩きわまる六〇アイテム。わくわくします。
そのキュートでブラックな文章芸にはじかに本で酔って頂くとして、例えば人体の不思議展で、死体が性器どころか内臓までモロ出しで芸人のように頑張ってポーズしているのを見て、なめ子さんは、「死者と生者の間で中途半端に永遠の命を与えられてしまった彼らの姿に、人間に定められた『死』の必要性を感じました」とぽつりとつぶやくのです。これは人工的に無毒化された死のスペクタクルへの本質的な批判です。
客とともにイベントに同化しながら、そんな醒(さ)めた目をもつ彼女は、現代文明における貴重な異人なのです。
朝日新聞 2005年7月3日
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