書評

『寄り添って老後』(中央公論新社)

  • 2022/05/24
寄り添って老後 / 沢村 貞子
寄り添って老後
  • 著者:沢村 貞子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(248ページ)
  • 発売日:2022-05-24
  • ISBN-10:4122072077
  • ISBN-13:978-4122072077
内容紹介:
去年女優業の店じまいを決めた。八十一歳。多少の残りを大切に、自分自身に恥ずかしいことのないように、明るく楽しく暮らしたい――。四十年余り住んだ東京の家から海辺に引越した最晩年の日々。誰しも不安を抱く「老い」を冷静に見つめ、ユーモア溢れる筆致で綴る。永六輔との対談「お葬式を考える」を増補。〈巻末エッセイ〉北村暁子

夫婦の年季

何度かお茶を淹(い)れるくだりがある。ふと、今年おいしいお茶を飲んだだろうか、と思った。香典返しに頂いたお茶かなんかを、ぞんざいに淹れてたな、ということが年の瀬になって急にくやまれた。

沢村貞子『寄り添って老後』(新潮社)。著者は八十一歳で女優業の店仕舞い。「花のスターのうしろから、ときに応じてサッと枝を出したり、パッと葉をしげらせるはずの脇役が思うように身体が動かなければ――それでおしまい」。単純でいさぎよい下町女の判断である。そして老夫婦が向きあう日々が、身ぶり手ぶり豊かにつづられていく。

部品がくたびれて庭に放り出されたクーラーに我が身を重ねて心痛む。よく見える眼鏡はシワもよく見える。「恐れ入れますけれどほんのちょっぴり誤魔化させていただきまして」と薄化粧して夫の散歩の帰りを待つ。ぬか漬けの残り少しも捨てられない。テレビを見ればトーク番組の早口に驚く……。遠慮深い声なのに、老夫婦の生活の視点が、今のこの国のさまざまなおかしさをうつし出す。

きっと著者は捨てることが上手な人なのだろう。モノはもったいないと大事にしながら、この心の切り離れのよさ。女優をやめて白髪は染めなくなった。女優時代の着物は人にあげた。海の見える所に住みたいとの夫の願いに応えて、長年住み慣れた家を離れた。

そして残ったもので楽しむ。生き甲斐ではなく「いまの私を支えてくれるのは、ほんの小さな張り合いである」。

そんな簡素なくらし、老夫婦のいたわりあい。骨は目の前の海にまきたい、という夫に「そうよ。ここなら毎日、逢っていられるのにねえ」という妻。

活字も大きく、持ち重りのする本ではないが行間に充足する。さぞかし老いを生きる方々を励ますことだろう。著者の半分しか生きていない私も教えられ、励まされた。異世代コミュニケーションの名手とは、自分にきびしく他人にやさしい人のことらしい。

【単行本】
寄り添って老後 / 沢村 貞子
寄り添って老後
  • 著者:沢村 貞子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(202ページ)
  • ISBN-10:4103655038
  • ISBN-13:978-4103655039
内容紹介:
年をとるのは侘しいけれど、無理せず自然に暮らしていたい-。夫婦ふたり暮らしの日常、在宅介護・尊厳死・葬儀の方法など直面する様々な問題…。自由に、心やさしく、毅然と生きる83歳の老いの実感を綴る心豊かなエッセイ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

【文庫旧版】
寄り添って老後 / 沢村 貞子
寄り添って老後
  • 著者:沢村 貞子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(244ページ)
  • 発売日:2006-10-01
  • ISBN-10:4480422722
  • ISBN-13:978-4480422729
内容紹介:
名脇役として名を馳せた明治生まれの女優・沢村貞子さんは、生前からエッセイストとしても知られ、女優業のかたわら数々の名エッセイ集を残している。最晩年の作品となった本書では、夫婦の老後生活をユーモアを交えて紹介する一方、夫に対するさりげない気配りや料理をはじめとする家事への愛着など、いつまでも心豊かに暮らすコツを教えてくれる。

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【この書評が収録されている書籍】
読書休日 / 森 まゆみ
読書休日
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • 発売日:1994-02-01
  • ISBN-10:4794961596
  • ISBN-13:978-4794961594
内容紹介:
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、… もっと読む
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、『ゲーテ恋愛詩集』、そして幸田文『台所のおと』まで。地域・メディア・文学・子ども・ライフスタイル―多彩なジャンルの愛読書の中から、とりわけすぐれた百冊余をおすすめする。胸おどる読書案内。

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寄り添って老後 / 沢村 貞子
寄り添って老後
  • 著者:沢村 貞子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(248ページ)
  • 発売日:2022-05-24
  • ISBN-10:4122072077
  • ISBN-13:978-4122072077
内容紹介:
去年女優業の店じまいを決めた。八十一歳。多少の残りを大切に、自分自身に恥ずかしいことのないように、明るく楽しく暮らしたい――。四十年余り住んだ東京の家から海辺に引越した最晩年の日々。誰しも不安を抱く「老い」を冷静に見つめ、ユーモア溢れる筆致で綴る。永六輔との対談「お葬式を考える」を増補。〈巻末エッセイ〉北村暁子

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 1990年6月~1993年3月

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

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