前書き

『葛城の考古学: 先史・古代研究の最前線』(八木書店出版部)

  • 2022/06/30
葛城の考古学: 先史・古代研究の最前線 /
葛城の考古学: 先史・古代研究の最前線
  • 編集:松田 真一
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2022-06-30
  • ISBN-10:4840622558
  • ISBN-13:978-4840622554
内容紹介:
最新の発掘調査が解明するヤマト最重要の地、葛城の通史
奈良盆地の南西部にあたる葛城の地には、歴史上重要な遺跡が数多く存在する。古墳や寺院など多種多様であるが、なかでも五世紀代に強大な勢力を誇った古代大和の豪族葛城氏が有名だ。近年重要な発見があいつぐ最重要の地・葛城について、最新の考古学の新知見をふまえると、いったいどのような歴史が見えてくるのか。
 

豪族葛城氏の枢要の地、葛城

奈良盆地の南西部にあたる葛城の地には、先史・古代を中心に歴史上重要な事跡が存在し、それらに関係する古墳や寺院など、多様な種類の遺跡を含む文化財が数多く残されている。葛城という言葉に接すると、五世紀代に強大な勢力を誇ったとされる古代大和の豪族葛城氏が想起されるが、葛城はまさにその葛城氏の枢要の地である。この氏族の活躍は正史にも記録として残されていることから、葛城の歴史は一地方史にとどまらず、日本古代政治史や文化史にも深くかかわりがあり、注目される所以でもある。
 
古代の葛城とされる地理上の範囲については諸説あり、必ずしも一致をみているわけではないが、本書『葛城の考古学―先史・古代研究の最前線―』(八木書店出版部)では令制大和国の葛上郡・忍海郡・葛下郡、および広瀬郡を加えた地域を葛城として扱っている。現在も北葛城郡や葛城市のように、その一部が行政区名称として引き継がれている。


入り組んだ行政区のなかで葛城地域を一体としてとらえるために

ところで葛城地域は基礎自治体の行財政基盤確立のために推進された、平成の全国市町村合併の動きのなかにあって、実質的に合併がほとんど進むことがなく、現在でも小規模な市と町からなる、入り組んだ行政区が維持されている。またそのような行政区割りが存在するなかで、葛城地域にあっては市町を越えた広域行政の動きもあるものの、分野も規模も限定的な範囲にとどまっている現状もある。

この地を歴史的資料や文化財の調査・研究のフィールドとしている筆者らにとってこの現状は、同じ環境のもとで育まれた地域文化や地域史の涵養という、行政区を越えた文化的視点があまり意識されることがなく、ひいては葛城という共通する地域への帰属意識の高揚も、ほとんど感じられないように映る。今日まで文化や観光といった分野においては、行政として各市町それぞれが独自に啓発や発信を進めているのが実情で、これまでは葛城地域が市町をこえて一体となるなど、目立った取り組みを見ることもほとんどなかった。こういった葛城の現状は首都圏など近畿域外から、歴史文化資源の存在が高く評価されている「奈良(奈良市)」「斑鳩」「飛鳥」「吉野」(いずれも世界文化遺産登録もしくはその候補となっている)のように、「葛城」が歴史文化的に特色や価値を持った地域として、認識されているようには思えない。

しかしこの地域の歴史を紐解けば、かつては葛上郡・忍海郡・葛下郡に加えて広瀬郡からなる葛城という地域一帯が、とりわけ歴史的に深い結び付きが認められることは、文献史料はもとより、当地に遺されたさまざまな貴重な文化財が雄弁に語ってくれる。現在は行政分割されているものの、本来は葛城として共通の環境や風土と、歴史的基盤をもつ地域的なまとまりがあり、今後も葛城地域の歴史・文化の認識や評価とあわせて、葛城を一体として捉えた歴史叙述も必要になってこよう。


考古学の最新研究をふまえた新知見

近年葛城地域の西縁をなす金剛葛城山系の山麓や、奈良盆地南西部にあたる沖積地一帯の地下から、当地の歴史の実像を解き明かすうえで重要な遺跡や出土品など、主に旧石器時代から奈良・平安時代にいたる、考古学的に大きな意義ある発見が相次いでいる。本書ではこれら地下に埋もれていて、最近までに発見された重要な遺跡を中心に紹介するとともに、単にそれぞれの文化財の概要紹介にとどまらず、考古学的調査によって得られた資料を操作・分析することで、新たな葛城の歴史叙述に反映させるという意図をもって臨んだ。

これまでも葛城の歴史に関する書籍は数多出版されているが、特定の時代史を取り上げたもののほか、個別の歴史的遺産や事跡など一つのテーマに絞った論考や解説としたものが多く、特に葛城の歴史で注目される先史から古代を通して、考古学の成果を反映した出版物はあまり目にすることはなかった。本書は葛城という地域がどのような環境や歴史的背景のもとで、隣接する地域との接触や融合を通して、特色ある地域文化を醸成したのかという視点で論述したもので、目次に掲げたように歴史上注目された重要なテーマを深く掘り下げると同時に、葛城の歴史について時代を追って学ぶことができる、通史も意識した構成としている。

冒頭にも述べたように、特に古代の葛城の歴史は日本の古代史に深くかかわっており、葛城という地域史を学んだ視点から、列島の各時代の動向を眺めると、これまでとは違った見方や解釈もできるだろう。読後に先史・古代の歴史に対する興味をより広げることができれば、本書の役割もはたせたことになる。また本書に記述された歴史の舞台となった葛城の地を訪ねる際にも、資料として掲載している「葛城地域の遺跡分布図」を利用するなど、理解の助けとして役立てていただければ幸いである。

[書き手]【著者】松田 真一(まつだ しんいち)
奈良県立橿原考古学研究所附属博物館館長を経て、現在天理大学附属天理参考館特別顧問、香芝市二上山博物館参与。専攻は日本考古学(縄文文化)。

【主な著作】
『葛城の考古学―先史・古代研究の最前線―』(編著、八木書店、2022年)
『重要文化財橿原遺跡出土品の研究』(編著、奈良県立橿原考古学研究所、2011年)
『奈良大和高原の縄文文化 大川遺跡(遺跡を学ぶ92)』(単著、新泉社、2014年)
「墓室壁画的保存與課題」(『察色望形 有形文化資産研究與保護』単著、國立臺南藝術大學、2016年)
「縄文時代の湿式貯蔵穴の特質」(『天理参考館報』31、単著、2018年)
『縄文文化の知恵と技』(単著、青垣出版、2020年)
葛城の考古学: 先史・古代研究の最前線 /
葛城の考古学: 先史・古代研究の最前線
  • 編集:松田 真一
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2022-06-30
  • ISBN-10:4840622558
  • ISBN-13:978-4840622554
内容紹介:
最新の発掘調査が解明するヤマト最重要の地、葛城の通史

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