自著解説

『日本漢籍受容史: 日本文化の基層』(八木書店出版部)

  • 2022/11/30
日本漢籍受容史: 日本文化の基層 / 髙田 宗平
日本漢籍受容史: 日本文化の基層
  • 著者:髙田 宗平
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(698ページ)
  • 発売日:2022-12-01
  • ISBN-10:4840622604
  • ISBN-13:978-4840622608
内容紹介:
前近代の日本を理解するために、漢籍を知る!
清朝以前に中国人が漢文(漢語)で撰した書物=漢籍。日本は前近代において、多くの漢籍が舶載・将来され、漢籍の書写・校合・講読・引用・印刷などの学問営為が行われた。あらゆる知識・情報の根源となった漢籍は、どのように受容され、日本文化に根付いたのか。
 

漢籍の伝来

古来、日本人にとって、漢籍は中国文化を知り、これを学ぶ上で重要な道具であり手段であったことは周知の事実である。前近代において日本人は、漢籍を読むことによって知識を取得できたのであり、あらゆる文化は漢籍から読み解く知識がベースとなって生み出された、といっても過言ではない。漢籍はいかにして日本にもたらされたのか。古代から近世に至るまで、日本が漢籍を受容した歴史を概観していきたい。

『古事記』には、古墳時代の5世紀初頭の応神天皇の治世に百済王が和邇吉師を派遣し、『論語』10巻と『千字文』1巻、併せて11巻が伝えられたことが記されている。『古事記』には、6世紀前半の南北朝時代斉・梁の周興嗣『千字文』(後漢末~三国魏の鍾繇『千字文』とする説もあり)の名が見える等、その記述には矛盾があるものの、中国文化が古代日本に将来されるルートとして、朝鮮半島経由が重要であったことを示していると看取される。無論、遣隋使・遣唐使等により大陸からも直接、多くの中国文化が将来されていた。

韓国で『論語』木簡が複数発掘されていることや奈良時代の書籍目録(「更可請章疏等目録」)の存在からも、『論語』の諳誦や習書などの教育方法及び漢籍が、朝鮮半島経由で日本に将来されたことを窺わせる。漢籍が記された出土文字資料は、国内の遺跡から多数発掘され、宮都のみならず、地方官衙などの地方社会においても、漢籍が諳誦・習得されており、浸透していた。日本人は、将来された漢籍を書写・伝写していたのである。

漢籍の書写・利用と書籍目録

7世紀前半~9世紀末にかけて中国・唐に遣唐使が派遣され、多くの漢籍が舶載された。遣唐使によって将来された漢籍は唐以前の鈔本であり、これを底本(親本)として書写し、更に伝写したものが伝存している。将来された唐鈔本の紙背に仏教経典などを書写し使用することもあり、将来時期や流伝・所蔵の経緯を知る手がかりとなることもある。また、唐鈔本や平安期の書写本には、訓点が施されたものがあり、日本人が実際に訓読していたことを示す貴重な証言となる。藤原佐世が撰して九世紀後半頃には成立していた『日本国見在書目録』は我が国最古の漢籍目録であり、平安初期の漢籍将来の状況を示している。

10世紀後半に丹波康頼により撰進された『医心方』は、我が国最古の医書である。本書所引漢籍には六朝隋唐期を中心とする医薬書等が存し、その中には『日本国見在書目録』著録の医薬書と一致するものも認められ、当時の医薬書受容を知る上で貴重な手がかりとなる。

宋版の伝来と漢籍の書写

摂関期の藤原道長の日記『御堂関白記』から、道長が宋版を所蔵しており、摂関期に宋版が伝来していたことが知られる。ただ、これは漢籍講読に供されたのではなく、稀覯の書籍を美術品・財宝として愛蔵していたのだろう。

摂関期頃までの漢籍講読の場では唐鈔本や旧鈔本が用いられていたが、院政期以降、旧鈔本を伝写しながらも、新渡の宋版と校合し、その校異注が旧鈔本の行間等に施された。このことにより、伝写の過程で校異注が本文内に竄入し、部分的には唐鈔本に由来する本文が改変を受けたり、宋版を底本に伝写されたりしていた。中世ではこのような特有の事象が見られた。

群書治要(色紙)(九条家本) 平安時代中期写 国宝
東京国立博物館蔵(Image: ColBase https://colbase.nich.go.jp/)

以上のように、摂関期以降、将来されるようになった宋版は、中世では金沢文庫、有力寺社、公家層等に襲蔵・書写・伝写されていた一方、古代以来の唐鈔本・旧鈔本も襲蔵・書写・伝写されていた。
 

五山版・地方版の刊行と漢籍の書写

五山版は、鎌倉末期~室町末期にかけて、京都・鎌倉五山を中心に禅林で刊行された書籍の総称で、宋元明版の覆刻本や宋元版の版式等を備えた刊本が主である。鎌倉末期の五山版は主に禅籍であったが、南北朝期以降は禅籍の他、経史子集(実用書では医書・韻書等)等に及んだ。五山版は我が国における外典の開版の嚆矢である。

南北朝期の正平19年(1362)に堺の道祐居士が、所謂「正平版論語」を刊行した。我が国最初の経書の刊行で、底本は明経博士清原家の旧鈔本である。

正平版論語版木 重要文化財
東京国立博物館蔵(Image: ColBase https://colbase.nich.go.jp/)

応仁・文明の乱(1467~77)により京都周辺が荒廃し、五山版も衰微した。京の文化の担い手であった公家・僧侶は、戦火を避けるため、有力大名や寺院に身を寄せた。それに伴い、京の文化が地方へ分散・拡大し、出版地も拡大していった。地方版として著名なものに、薩摩島津氏の文明13年(1481)の『大学章句』『聚分韻略』(薩摩版)、周防大内氏の明応2年(1493)の『聚分韻略』(大内版・周防版)、同氏の家臣杉武道の明応8年(1499)の所謂「明応版論語」、和泉堺の阿佐井野宗瑞の大永8年(1528)の『新編名方類証医書大全』(阿佐井野版)、駿河今川氏の天文23年(1554)の『歴代序略』(駿河版)を挙げることができる。なお、中世に刊行された医書や朱子学関連書には、朝鮮版に由来する本文を有するものがある。その一方で、室町時代においても旧鈔本は書写・伝写されていた。

古活字版の刊行

文禄の役の際、李氏朝鮮から持ち帰った朝鮮版漢籍や銅活字等を、豊臣秀吉は後陽成天皇に献上し、文禄2年(1593)に後陽成天皇の勅命により、この銅活字を用いて『古文孝経』が刊行されたと伝わる(文禄勅版)。これ以後、文禄~慶安年間に、為政者・武家・素封家らが活字印刷により刊行した書籍を古活字版と称している。以下に主な古活字版を示す。

後陽成天皇は、文禄勅版に続き、慶長2(1597)~8年にかけて大型の木活字を用い、『古文孝経』『論語』等を刊行した(慶長勅版)。徳川家康は、足利学校庠主三要元佶を招聘し、伏見円光寺において木活字を新彫し、慶長4~11年にかけて『標題句解孔子家語』『貞観政要』『三略』『六韜』等を刊行した(伏見版・円光寺版)。豊臣秀頼は、慶長11年に木活字を用いて『帝鑑図説』を刊行した(秀頼版)。家康は駿府城に退隠後、林羅山・金地院崇伝らに命じ、朝鮮銅活字に倣い新鋳した銅活字を用いて慶長4年に『大蔵一覧集』、翌年元和2年に『群書治要』を刊行させたが、家康は『群書治要』の刊行前に死去した(駿河版)。直江兼続は、京都の日蓮宗要法寺の日性に依頼し、慶長12年に木活字を用いて『文選』(六臣注)を刊行した(直江版)。角倉素庵は本阿弥光悦・俵屋宗達らの協力を得て、慶長年間中期~元和年間初期にかけて嵯峨の地において木活字を用い刊行した(嵯峨本)。

漢籍受容の多様な歴史を明らかにするために

以上、駆け足で近世前期までの漢籍受容の歴史を概観した。日本人が古代から近世において、漢籍をどのように受容し、どのように伝え、どのように日本独自の文化としていったかを明らかにすることは、日本文化の基層の一斑を明らかにすることになる。また、日本における中国学の基盤である日本の漢籍受容の歴史を捉えることや、中国文化と日本文化との相違を知る手がかりとなり、中国学研究に裨益する。漢籍受容は、時代により多様な様相を呈しており、本課題を解明するには、日本古代から近世における漢籍受容の歴史を多角的にアプローチする必要があることは諒解されよう。

こうした問題意識をふまえ、この度筆者が編者となり『日本漢籍受容史―日本文化の基層―』(八木書店、2022年11月25日。以下、拙編と略称する)を刊行した。本書は、日本漢籍受容史を日本文化の基層の一つとして捉え、その具体相を明らかにしようとするものである。ここで言う日本漢籍受容史とは、日本「漢籍受容史」、即ち日本における漢籍の受容の歴史であり、その時代範囲は古代から近世(一部論考、近現代に及ぶ)までである。


日本の漢籍受容史は、各時代の受容層、漢籍の形態などと密接に聯関しており、これらを看過しては各時代相や文化は精確には把握できないだろう。ただ、このような課題は、単一の研究分野だけでは解明することは困難であり、多分野との協業が必要不可欠であると推察される。それは拙編の執筆者の研究分野が多岐に亘ることからも看取されよう。

多分野との協業と言う視点から見れば、拙編の執筆者の研究分野は、幅広い領域をカバーしている。拙編は、今後、日本の古代から近世の漢籍受容史のテーマで協業を行う上での一つのモデルケースとなると思量される。多彩な研究者が最先端の多角的な論考を寄稿している。ぜひともその豊潤な研究を堪能いただきたきたい。

[書き手]髙田宗平(たかだそうへい)


1977年生。総合研究大学院大学文化科学研究科日本歴史研究専攻博士後期課程修了。博士(文学)。専門分野は日本古代中世漢籍受容史・漢学史、漢籍書誌学。

〔主な著作〕
『日本漢籍受容史―日本文化の基層―』(編、八木書店、2022年)
『日本古代『論語義疏』受容史の研究』(単著、塙書房、2015年)

【初出媒体】
本書「序章」「口絵解説」もとに加筆修正
日本漢籍受容史: 日本文化の基層 / 髙田 宗平
日本漢籍受容史: 日本文化の基層
  • 著者:髙田 宗平
  • 出版社:八木書店出版部
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