書評

『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』(文藝春秋)

  • 2017/04/04
シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 / エマニュエル・トッド
シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧
  • 著者:エマニュエル・トッド
  • 翻訳:堀 茂樹
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(320ページ)
  • 発売日:2016-01-20
  • ISBN:4166610546
内容紹介:
シャルリ・エブド襲撃に反対した「私はシャルリ」のデモは、表現の自由を謳うが、実は偽善的で排外主義であることを明らかにする。

実態は差異主義的な「ネオ共和主義」

昨年一月七日に起きた「シャルリ・エブド襲撃事件」で日本人の多くは、襲撃は断じて許されないが、イスラム教徒はフランスにおけるマイノリティーなのだから、彼らの教祖を侮辱することは弱者イジメに通じるのではないかと考えた。

事件当日にパリにいた私もそう感じたのだが、驚いたことに討論番組でこうした意見を述べる識者は一人もいなかった。全員、襲撃事件は共和国の国是であるライシテ(非宗教性)に対する攻撃であると見なし、一月十一日にはオランド大統領を先頭にした「私はシャルリ」の大デモが行われたのである。そんな中、歴史人口学者・家族人類学者であるエマニュエル・トッドは、日本の新聞のインタビューに応じ、自分は孤立している、なぜなら自身の宗教に対する冒瀆(ぼうとく)の権利を他者の宗教に対する冒瀆の権利としてはならないと述べたりしたら袋叩(ふくろだた)きに合うからと答えた。数カ月後、トッドはフランス社会の危機を分析し「私はシャルリ」の欺瞞(ぎまん)性を痛撃する告発の書を書きあげた。それが本書である。

しかし、本書を理解するにはまず二つの家族構造を頭にいれておかなくてはならない。一つは親子関係が自由主義的で、兄弟関係が平等な平等主義核家族。もう一つは親子関係が権威主義的で兄弟関係が不平等な直系家族。一般にフランスは前者で、その無意識は「兄弟が平等なら、人間はみな平等で、民族も平等だ」である。後者はドイツ、スウェーデン、日本、韓国で、その無意識は「兄弟が不平等なら、人間はみな不平等で、民族も不平等だ」であり、常に「自分たちとそれ以外」という思考法を取る。

問題は同じフランスでもパリ盆地は平等主義核家族で周辺部分は直系家族であることだ。この本質的二元性が噴出したのが「私はシャルリ」の大デモだったわけである。

歴史的にいうと、フランス革命は中央部の平等主義的民衆がいち早くカトリック信仰を捨てて識字化したことで準備され、フランス共和国はそこから生まれた。中央部は労働組合が強く、共産党の支持率も高かった。一方、周辺部は権威主義と不平等主義がカトリックと結びついていたため、世俗化も識字化も遅れ、後進性を余儀なくされた。

ところが第二次大戦後に識字化と世俗化が全フランス規模で進行するや、教育熱心という性質を持つ直系家族の周辺部が相対的に高学歴化し、富裕化したのに対し、親子関係が自由主義的な中央部は低学歴化し、必然的に貧困化した。イスラム系移民はパリ盆地に多く、経済的にも抑圧されているので低学歴化・貧困化した民衆の下で苦しむ。

また、周辺部の直系家族の人々は信仰は捨てたが、一神教的なメンタリティーは捨てることができずに、カトリックの代替物を求めてユーロという単一通貨への信仰へ行き着く。トッドはこれをゾンビ・カトリシズムと名付ける。すなわち「消失していく宗教の代替物(、、、)としてひとつのイデオロギーが求められたのだった。そのイデオロギーとはこの場合、ひとつの偶像的通貨の創出」であった。じつをいうと、これこそがカトリック的な労働組合組織から出発した社会党の思想であり、マーストリヒト条約に賛成し、大統領選挙でオランドに投票したのはゾンビ・カトリックの周辺部(直系家族地帯)の高学歴で高齢の選挙民であった。彼らは平等主義の共和国原理を標榜(ひょうぼう)しているが、無意識では直系家族の不平等主義・差異主義が働くから、結果的にライシテ原則の盾に隠れたイスラム恐怖症という矛盾した行動を取る。この差異主義的共和主義をトッドは「ネオ共和主義」と呼び、それが「私はシャルリ」の実態であると喝破する。そして、この二極化は、直系家族のドイツに平等主義の南欧が包まれるかたちでヨーロッパ全域に広がろうとしていると分析する。

いっぽう、共和国原理の担い手だった中央部の平等主義的民衆はというと、なんと極右の国民戦線(FN)に投票しているのだ。トッドはこう分析する。「国民戦線への投票は、典型的に、普遍的人間というドグマの字義どおりの解釈の帰結である。それが夙(つと)に表明していたのは、スピーディな同化しか考えることができず、いくつかの差異の吸収が遅々として進まないことを確認せざるを得ない人びとの苛立(いらだ)ちなのだ」

平等主義家族の普遍主義的外国人恐怖症(アラブ恐怖症)と直系家族の差異主義的外国人恐怖症(イスラム恐怖症)とは区別されねばならない。

「アラブ恐怖症はフランスの民衆のもので、その動機においては平等主義的だ。イスラム恐怖症はブルジョワのもので、不平等主義的だ。この二つは非常に異なっている」

しからば、こうした外国人恐怖症に囚(とら)われたフランスはこれからどこに行くのか?

トッドはパリ盆地の普遍主義の最終的勝利を予言しつつも、それには時間がかかると留保せざるをえない。統計学を駆使した分析は非常に説得的で、移民問題とヨーロッパ統合の必読の文献となっている。(堀茂樹訳)
シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 / エマニュエル・トッド
シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧
  • 著者:エマニュエル・トッド
  • 翻訳:堀 茂樹
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(320ページ)
  • 発売日:2016-01-20
  • ISBN:4166610546
内容紹介:
シャルリ・エブド襲撃に反対した「私はシャルリ」のデモは、表現の自由を謳うが、実は偽善的で排外主義であることを明らかにする。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年2月21日

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