書評

『ガバリス伯爵』(北宋社)

  • 2017/08/12
ガバリス伯爵 / モンフォーコン・ド・ヴィラール
ガバリス伯爵
  • 著者:モンフォーコン・ド・ヴィラール
  • 翻訳:田中 雅志
  • 出版社:北宋社
  • 装丁:単行本(223ページ)
  • 発売日:1994-01-01
  • ISBN-10:4938620561
  • ISBN-13:978-4938620561
内容紹介:
世界各国で忘れ去られることなく版次を重ね、ついには奇書に名を付されるに至った書物の完訳。博識豊かな架空の人物ガバリス伯爵と語り手との間に交わされる隠秘学の諸主題を巡る五つの対話から成る。
ヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエの『化学の結婚』が先に邦訳刊行されたばかりだが(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1994年)、今度はモンフォーコン・ド・ヴィラールの『ガバリス伯爵』が出た。これで薔薇十字に関する二つのテクストが日本語で読めることになったわけだ。まことに驚くべき事態ではある。

とはいえ、急いで付け加えておかなければならないが、アンドレーエのテクストがまさに「薔薇十字」といういささか定からぬ神秘主義思想を広く世に流布・喧伝せしめることになった文字どおりの原テクストにほかならないのに対し、ヴィラールのテクストは、同じ十七世紀に書かれたものとはいえ、すでに神秘主義や隠秘学に対する多少とも冷めた距離を感じさせる態のものになっている。刊行は一六七〇年、時あたかも太陽王ルイ十四世の御世である。全体は五つの「對話」からなる。「これまで私は常識的に考えてみて、いわゆる隠秘学と呼ばれるすべてに大きな空虚があるのではないかと疑ってきた。それゆえ、この種の書物を読んで時間を無駄に費やす気にはなれなかった」と書く「私」と、その「私」を尋ねて来てその「蒙」を啓こうとする「ガバリス伯爵」との「對話」である。あくまでも懐疑的な態度を崩そうとしない「私」に手を焼きながら、少しずつ秘密を開示するガバリス伯爵の話のおもしろさが、この本のすべてである。

「聖なるカバラ」に依拠しつつ、ニンフやシルフやグノームやサラマンダーといった存在を自明の前提として、古来のあらゆる思想や教義を再解釈してみせるガバリス伯爵の話の荒唐無稽ぶりをどこまで楽しめるかで、この本の価値も決まってこよう。

わが息子よ、今すぐにでも四大の民と親交を結ぶことをお勧めする。彼らは実に誠実で、学識あり、情に厚く、神を畏怖する者であるかが知れよう。我が思うに、そなたはまずサラマンダーとから親交を始めると良い。…しかし婚姻となると、シルフィドを選ぶのが良かろう。

ガバリス伯爵によれば、モーゼもゾロアスターも、人間と四大の民とのあいだの子なのである。書物の全体が、まあこんな調子であるといっていい。

ヴィラールは、はたして「聖なるカバラ」や「神の如き人パラケルスス」の側について、この本を書いたのだろうか。それとも、あくまでもそうしたものを茶化すつもりで書いたのだろうか。著者は最後にこう述べている。「もし人々が私の著作にたいし可能な限りの長所を見い出そうとしてくれるならば、また、隠秘学を愚弄すると見せかけて実はそれを信じ込ませようとしているなどと、私にたいし不当な疑いを抱くことがなければ、私は本書『ガバリス伯爵』に満足を見い出し続けるであろうし、じきにその続編を刊行することもできるであろう。」この言葉どおりにとれば、隠秘学を信じ込ませようと見せかけて実はそれは愚弄している、というのが著者の意図ということになるだろう。そうだとすれば、これは徹頭徹尾パロディの書、風刺の書だということになる。しかし、事はさほど単純ではあるまい。ヴィラールがそうした態度を装わねばならなかったという事情も考えられないわけではないからである。二重の韜晦ということもありうる。とすれば、彼自身がいみじくも書いているように、「隠秘学を愚弄すると見せかけて実はそれを信じ込ませようとしている」のかもしれないのである。

ヴィラールは、のちに薔薇十字会員に暗殺されたとも伝えられる。神聖なドグマの秘密を暴かれたからというのである。薔薇十字会に関係するといったのは、こうしたネガティヴな意味においてである。真相はわからない。いずれにせよ、ヴィラールは隠秘学的な議論を俎上にのせることで、正統教会のそれを含めてあらゆるドグマに一定の批判的距離を置いたことだけは確かだろうと思われる。

【この書評が収録されている書籍】
書物のエロティックス / 谷川 渥
書物のエロティックス
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:右文書院
  • 装丁:ペーパーバック(318ページ)
  • 発売日:2014-04-00
  • ISBN-10:4842107588
  • ISBN-13:978-4842107585
内容紹介:
1 エロスとタナトス
2 実存・狂気・肉体
3 マニエリスム・バロック問題
4 澁澤龍彦・種村季弘の宇宙
5 ダダ・シュルレアリスム
6 終わりをめぐる断章

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ガバリス伯爵 / モンフォーコン・ド・ヴィラール
ガバリス伯爵
  • 著者:モンフォーコン・ド・ヴィラール
  • 翻訳:田中 雅志
  • 出版社:北宋社
  • 装丁:単行本(223ページ)
  • 発売日:1994-01-01
  • ISBN-10:4938620561
  • ISBN-13:978-4938620561
内容紹介:
世界各国で忘れ去られることなく版次を重ね、ついには奇書に名を付されるに至った書物の完訳。博識豊かな架空の人物ガバリス伯爵と語り手との間に交わされる隠秘学の諸主題を巡る五つの対話から成る。

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初出メディア

図書新聞

図書新聞 1994年4月16日

週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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