本文抜粋

『「玉音」放送の歴史学: 八月一五日をめぐる権威と権力』(青土社)

  • 2023/06/30
「玉音」放送の歴史学: 八月一五日をめぐる権威と権力 / 岩田 重則
「玉音」放送の歴史学: 八月一五日をめぐる権威と権力
  • 著者:岩田 重則
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(300ページ)
  • 発売日:2023-06-26
  • ISBN-10:4791775678
  • ISBN-13:978-4791775675
内容紹介:
昭和天皇の声がアジア太平洋戦争終結を国民に告げた。この放送はなぜ必要だったのか。日本近代史の核心に迫る画期的著作。
日本でもっとも有名なラジオ放送のひとつ「玉音」放送――。八月一五日が近づくと、終戦という歴史的なできごととむすびつくかたちで、私たちはさまざまな場所でその放送を耳にしたり、思い起こしたりする。しかし、はたして「玉音」放送とはいったい何なのだろうか。本書は歴史学者・民俗学者である著者が、そうした素朴な疑問からあらためて「玉音」放送の歴史的な意義をあきらかにしようとした著作である。

「玉音」放送については、これまでも言語論やメディア論などの観点から論じられてきた。しかし、不思議なほどに歴史学の分野でこのテーマをとりあげたものは少なかった。「玉音」放送をめぐる謎に、さまざまな資料・史料を駆使してせまるスリリングな本書は、当時を生きた人びとの息遣いまでも感じさせるものである。

終戦から七八年……。また今年も暑い八月がやってこようとしている。国家とはなにか。戦争とはなにか。そのとき人びとはどうしていたのか。そしてなによりいまふたたび平和について考えるうえでもぜひ読んでいただきたい一冊です。

以下、本書の「あとがき」をすこしだけご紹介いたします。

誰もが知る放送の意義と意味とは――

すべての存在が歴史になるわけではない。歴史とは、未来の人間が過去のほんの一部分、残された痕跡を、特定の意図によって切り取り、あるいは、無自覚なまま再構成したものである。一九四五年(昭和二〇)八月一五日の「玉音」放送についても同じことがいえる。本書は、「玉音」放送についての痕跡を、資料としての意味に転換させ、歴史を再構成してみた。この痕跡について、当事者が意図的に残そうとしたそれと、隠滅しようとしたそれとがあるのではないかと考えた。

たとえば、「玉音」放送が、実際にはリアルタイムの生放送ではなく、昭和天皇がポツダム宣言受諾「詔書」を朗読し録音したレコード版をラジオ放送で流したこと、国民がそれを襟を正して聴いた(聴かされた)こと、これらは、残しても問題ないとされた。あるいは、積極的に吹聴された。新聞紙の架空の記事のような、フェイク情報の捏造さえもあった。いっぽう、「玉音」放送また原子爆弾について、その事実が隠蔽された部分があった。その隠蔽工作じたいが隠蔽された可能性もある。

本書は、「玉音」放送また原子爆弾について、当事者が意図的に残そうとした痕跡だけではなく、逆に、意図的に消し去ろうとした痕跡についても、歴史叙述のための資料とした。真逆の二方向の意図、それらをもって、八月一五日をめぐる国家意思、権威と権力の実態を明らかにしようと試みた。

しかし、隠蔽された事実、証拠隠滅された事実から、歴史を再構成することは難しい。その痕跡が断片的にでも残れば、その破片を繋ぎ合わせ、再構成を可能とするが、完全抹消されたばあい再構成することはできない。そもそもその存在に気づくことができない。ここでは、完全抹消は不可能で、状況証拠による再構成、考古学が実践してきたようなミクロな世界への着眼が、不可能を可能にすると考えたいが、どうであろうか。

本書では、隠蔽された事実、証拠隠滅された事実を再構成するにあたり、この状況証拠を重視した。時間の順序に沿った再現、複数新聞紙面の比較、架空の記事フェイク情報の看破である。断片的といえども、痕跡が残れば、隙間があるとしても、埋めることのできた部分によって、全体像の再構成は可能となろう。これはフィールド・ワークの方法と類似するかもしれない。フィールド・ワークはヒアリング調査と思われているようであるが、そうではなく、参与観察・景観分析・物質分析・ヒアリング調査などによる現実社会の総合的把握の方法である。眼前に存在する状況証拠をもってそれを資料化する。俗ないいかたであるが、ミス・マープルやポワロ、ドルリー・レーン、フェル博士が状況証拠から真犯人を突き止める方法である。(本書「あとがき」より)

[書き手]岩田 重則
「玉音」放送の歴史学: 八月一五日をめぐる権威と権力 / 岩田 重則
「玉音」放送の歴史学: 八月一五日をめぐる権威と権力
  • 著者:岩田 重則
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(300ページ)
  • 発売日:2023-06-26
  • ISBN-10:4791775678
  • ISBN-13:978-4791775675
内容紹介:
昭和天皇の声がアジア太平洋戦争終結を国民に告げた。この放送はなぜ必要だったのか。日本近代史の核心に迫る画期的著作。

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