自著解説

『出雲国造北嶋家文書 (史料纂集)』(八木書店出版部)

  • 2023/07/21
出雲国造北嶋家文書 /
出雲国造北嶋家文書
  • 編集:井上寛司・岡宏三・岡野友彦・小倉慈司・藤森馨
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(380ページ)
  • 発売日:2023-07-31
  • ISBN-10:4840660530
  • ISBN-13:978-4840660532
内容紹介:
島根県出雲市の出雲大社国造家である北嶋家の古文書の集大成である。
中世出雲の最重要史料、出雲国造(いずもこくそう)北嶋家の中世文書を集大成して公刊!近年発見された大量の中世文書から、その読みどころを校訂者が紹介します。
 

大量の中世文書(新出北嶋家文書)の発見

出雲大社(明治5年以前は杵築大社が一般的な通称、以下杵築大社と称す)の位置する島根県では、自治体史の多くが通史編だけで構成され、史料編を伴わないのが通例となっている。その中にあって、出雲市大社町は平成9年(1997)に刊行された『大社町史』史料編古代・中世(早くに在庫はなくなり、現在は絶版となっている)によって独自の位置を占め、中世杵築大社関係史料がとりわけ豊かで量的にも多数に上ることや、中世出雲国一宮杵築大社が全国的にも極めて特異な歴史的特徴を持つことなどが明らかにされてきた。

この『大社町史』中世史料編の編纂に当たっては、島根県の内外、とりわけ大社町域内について悉皆的な古文書調査が行われたと考えられてきたが、今般それを大きく覆す事態が出来した。出雲国造北島家において大量の中世文書が発見されたからである。

北島家は、幕末まで千家家とともに杵築大社の祭礼と運営に携わってきた出雲国造家の1つで、その家蔵文書は村田正志氏等によって調査され、昭和43年(1968)に清文堂出版から『出雲国造家文書』として刊行された。また、その内の中世文書を主体とする306通が同47年(1972)に国の重要文化財に指定された。

これらの古文書は現在巻子本として整理・保存されていて、従来から東京大学史料編纂所や島根県立図書館所蔵の影写本として知られ、『大社町史』史料編に収録されたのもともにこの部分であった。しかし、北島家にはこれ以外にもなお中世文書が存在すると推察されるところから、国士舘大学の藤森馨氏を研究代表者として科研費による調査「出雲国造北島家文書の総合的研究」が取り組まれることとなった。平成30年(2018)から令和3年度(2021)に至る4年間の悉皆調査によって、巻子本とは別に330通余りに及ぶ大量の中世文書の存在が確認され、世紀の大発見として大きな注目を集めた。その多くは近世になって筆写された中世文書の写しであるが、中世文書の原本も多数含まれていて、合わせて149通が文字通りの新出文書であることが判明した。これらの文書群は、北島国造家が近世における神社経営(社領支配や造営遷宮・祭礼など)の必要から、自家所蔵及び千家家を初めとする佐草家・秋上家などの社家や日御碕神社・鰐淵寺などが所蔵する文書の一部をそれぞれ筆写し、あるいは新たに作成したもので、その際に参照したと推察される中世文書の原本や案文の一部が、そのまま近世の雑文書として一括され、今日に至ったものと推察される。

また、先の『出雲国造家文書』では端裏書など一部の古文書情報に不備が認められるところから、改めて校訂を行い、それらも合わせ刊行することとした。それが『出雲国造北嶋家文書』(以下本書と称す)で、ここに文字通り国造北島家所蔵の中世文書の全貌が明らかになったといえる。


 

『出雲国造北嶋家文書』刊行の意義と中世杵築大社の歴史的特徴

本書は、より厳密な史料批判と校訂による翻刻であること、花押一覧を備えていることなどにおいてこれまでの『出雲国造家文書』や『大社町史』史料編などと異なるが、何より重要なのは多数の新出文書によって、中世杵築大社の実態解明を大きく前進させる可能性が開かれたことにある。

従来、中世の杵築大社は全国的にも注目される以下のような特異な特徴を持つことが指摘されてきた(井上寛司『日本中世国家と諸国一宮制』岩田書院、2009年、同「解説」『出雲鰐淵寺旧蔵・関係文書』所収、法蔵館、2018年など)。①出雲国造家は、古墳時代以来拠点としてきた出雲国東部の意宇郡大庭を離れ、中世には出雲国西部の出東郡(後に神門郡)杵築に拠点を移した。②杵築大社の祭神は古代や近世以後のオオナムチ(オオクニヌシ)ではなく、中世のみスサノヲとされるとともに、全国に先駆けて出雲の国鎮守(一宮)の地位を獲得していった。③中世には、「国中第一の霊神」(一宮)の杵築大社と「国中第一の伽藍」(一寺)の鰐淵寺との地理的・空間的・機能的な相互分担・補完関係(「神仏隔離」原則に基づく「神仏習合」)が成立した。④これらに対応して、古代や近世以後とは異なる中世独自の仏教的出雲神話が登場し、機能した。⑤杵築大社のあり方や鰐淵寺との関係は戦国期に至って大きく変化し、それが全国に先駆けた近世初頭の「神仏分離」を促す1つの大きな要因になったと考えられる。

さらに、いま一歩踏み込むと、次のような特徴を指摘することも出来る。⑥国造の杵築移住後、かつての邸内斎館が神魂神社へと発展し、中世の出雲府中域にある神社として、国造火継式や出雲国の新嘗祭などが行われる特別に重要な施設と位置づけられた。⑦鎌倉前期に、出雲国造が国衙機能の一部を吸収・掌握したのにともなって、神魂神社は府中域に置かれた杵築大社の前進基地として、一層重要な役割を果たすこととなった。⑧南北朝初期に国造家が千家・北島両家に分裂し、またそれにともなって上官(国造に次ぐ最上級神官)諸家も成立し、幕末まで続く国造・上官体制と呼ばれる独自の管理運営体制が整えられた。


新出北嶋家文書から見えるもの

これらのことを念頭に置いて新出北嶋家文書を見てみると、そこにはより踏み込んだ形でその諸特徴を明らかにし、あるいはより具体化する多数の文書が存在するのを確認することが出来る。例えば、鰐淵寺との関係について、杵築大社の建て替えにともなって内殿が鰐淵寺に移築される場合もあったこと(19号)、戦国期になって鰐淵寺が戦国大名の命に基づいて杵築大社の遷宮日時を定めるなど、「社僧」と呼ばれるそれまでにはなかった、新たな緊密な関係(一般的な「神仏習合」化)が生まれたこと(19・74・82・83・84・85号)などが知られる。寺院・仏教との関係という点では、南北朝期以前から、杵築とは別に大庭地域に国造の氏寺(正林寺)が存在し、父祖の追善供養も行われていたことが初めて明らかとなった(7号)。

国造・上官体制の成立後、各上官諸家は千家・北嶋両国造のいずれかに属すこととなったが、その全体像についてはなお不明なところが多い。それが、永正16年(1519)時点で12人、その内の北島方の6人が誰であるかが判明するとともに(20号)、文禄2年(1593)当時の北島方上官の全貌(但し、上官以外の者も含まれているようである)が明らかとなった(112号)。

杵築大社にとっての最も重要な事業の1つに造営遷宮がある。それに要する品目や費用を詳細に書き上げた文書がいくつか確認され(25・36・42・73・78・79・81・87・88号)、天文19年(1550)の造営遷宮に際しては、尼子氏の命で徴収された「たたら役」の鉄160駄もその一部に充てられたことが判明した(14号)。

この他、戦国期の仮宮に関所が設けられ、国造家の杵築の檀那寺であった松林寺がその管理に当たっていたこと(45号)、あるいは佐木浦とその浦山や宇龍津などの利用をめぐって杵築・宇龍の住人等との間で紛争がくり返され、再三誓約書なども提出されたこと(31・32・38・65・92・93・120・122・125・126・127号)、戦国期以後石塚五郎左衛門が杵築大社と日御碕社の湯立役に任じられこと(41・46・52・53・90号)、さらには後に京都吉田家に対抗して千家・北島両家から発行された神道裁許状の原型と思われる文書が北島家からから発給されていること(109・110号)などが明らかとなった。また、直接杵築大社とは関係ないが、永禄13年(1570)に作成された平浜八幡宮のまことに詳細な年中行事書(62号)が確認された。同じく府中域にあって、ともに出雲国衙の祭礼に関わった神魂神社との関係から筆写されたものであろう。

以上、新出北嶋家文書でとくに重要と思われる文書のいくつかについて、その概要を紹介したが、この他にも注目される文書は多く、今後の中世杵築大社の研究に益するところ極めて多いといえるであろう。



[書き手]
井上 寛司(いのうえ ひろし)
島根大学・大阪工業大学名誉教授。日本中世史。

[著書]
『日本の神社と「神道」』 校倉書房、2006年。
『日本中世国家と諸国一宮制』 岩田書院<中世史研究叢書>、2009年。
『「神道」の虚像と実像』 講談社<現代新書>、2011年。
【共編著】
『宍道町歴史史料集』中世編 宍道町教育委員会、1992年。
『史料集・益田兼見とその時代』(岡崎三郎との共編著) 益田市教育委員会、1994年。
『史料集・益田兼尭とその時代-益田家文書の語る中世の益田2』(岡崎三郎との共編著) 益田市教育委員会、1996年。
『資料集・益田藤兼・元祥とその時代-益田家文書の語る中世の益田3』(岡崎三郎との共編著) 益田市教育委員会、1999年。
『島根県の歴史』(松尾寿、田中義昭、渡辺貞幸、大日方克己、竹永三男との共著) 山川出版社、2005年。
『戦国武将宍道氏とその居城-乱世を生きる』(山根正朋、西尾克己、稲田信との共編著) 宍道町21世紀プラン実行委員会、2005年。
出雲国造北嶋家文書 /
出雲国造北嶋家文書
  • 編集:井上寛司・岡宏三・岡野友彦・小倉慈司・藤森馨
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(380ページ)
  • 発売日:2023-07-31
  • ISBN-10:4840660530
  • ISBN-13:978-4840660532
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島根県出雲市の出雲大社国造家である北嶋家の古文書の集大成である。

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ALL REVIEWS 2023年7月21日

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