リス類専門家が見た「若い島」の自然史
台湾というと、最近では台湾有事に言及されることが多い。本書はそうした広義の人事とは無関係で、台湾の哺乳類に関する知見をまとめたものである。著者は滑空性リス類、とくにムササビが専門で、台湾の大学に奉職するところから職業生活を始めたという珍しい経歴の持ち主である。鎌倉市の私の自宅の庭には、連日いわゆるタイワンリス(クリハラリス)がやってくる。これは外来種で、おそらく台湾南部に由来するのではないかと著者は記す。台湾では腹部の色に地域的に変異があるから、それでわかる。
著者は大学生の時からムササビに関心を持ち、東京都の高尾山で研究調査を行ってきた。そのため薬王院の縁の下に泊まり込んでいたというから、筋金入りである。著者はいまの若者に自分の真似をしてはいけないと注記する。
動物とのつき合いは全身的なものである。そこには理性だけではなく、身体が伴う。著者自身はムササビといわば全身で付き合ってきた。理性を超えた「共鳴」がそこに生じる瞬間がある。言葉を持たない動物を理解するには、それしかないはずである。現代は理性的、意識的な時代であり、すべてを意識化し、身体が消える。
台湾はほぼ九州程度の面積で、棲息するチョウの種数は四百種、日本全土で二百八十種と言われるから、これだけでも台湾の生物相の豊かさが推測できるであろう。本書は全体として四章を分けている。前半の一、二章は台湾と著者の関係から始まり、総論的な台湾の自然史を記す。
「台湾誕生の正確な年代は現在のところまだわかっていないが、(中略)およそ一〇〇〇万年前から五〇〇万年前の間であると考えられている。数十億年という地球の歴史の中にあって非常に若い島の一つであることは確かなようだ。フィリピン海プレートがユーラシアプレートに衝突した際、ユーラシアプレートが部分的に押し上げられた結果、海底より顔を出したのが台湾という島なのである」
台湾に生息する哺乳類は八十種以上、日本には約百二十種、これはチョウの場合とずいぶん違う。大型の動物は行動半径が広く、小さい島では個体数を維持できないことが関係しているはずである。
三章からは台湾の哺乳類の自然史について各論的な紹介となり、「私の専門であり、自身で研究を行ったリス類については多くの頁を割くことになる」「最後に紹介する“鱗甲類”を除いて、いずれも私がなんらかの形で携わった、あるいは私の研究関係者が実施した研究ばかりである。インターネットが発達し、あらゆる情報をバーチャル的に得ることができるような世界づくりが進んでいる。真偽を判別することすらできない玉石混交の膨大な電子情報が毎日のように時空を超えて飛び交っている。その是非については私にはわからない。しかしながら、少なくとももはや私には追いついていけない世界であることは確かである。そして、最近では追いつくことにとくに興味がないと感じるようになった」
これが著者の現在の立ち位置である。現代では貴重と言えよう。チャットGPTに代表されるような情報の流通業が脚光を浴びている時代には、自然史研究のようないわば情報に関する第一次産業は、日の当たる場所ではない。