書評

『尊経閣古文書纂 社寺文書 4』(八木書店)

  • 2023/09/28
尊経閣古文書纂 社寺文書 4 / 前田育徳会尊経閣文庫
尊経閣古文書纂 社寺文書 4
  • 著者:前田育徳会尊経閣文庫
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(234ページ)
  • 発売日:2023-06-23
  • ISBN-10:484062383X
  • ISBN-13:978-4840623834
古文書の画像から何が読みとれるのか?大河ドラマの古文書考証担当者が、形状・書式などから本文以外の情報を読みとるポイントをわかりやすく紹介。

加賀前田家5代当主綱紀による古文書収集

加賀前田家の5代当主綱紀(つなのり)は、古典籍や古文書を精力的に収集したが、それらは「尊経閣文庫」と呼ばれていまに伝わっている。このうち文化的価値の高い書物は、八木書店の「尊経閣善本影印集成」というシリーズで刊行されており、現在第10輯目として同文庫所蔵の古文書である「尊経閣古文書纂(そんけいかくこもんじょさん)」が出版されている。これは綱紀収集の古文書群を中心に、おおきく「諸家文書」「社寺文書」「編年雑纂文書」の三つに改編・区分したものである。

「礼の時代」中世

このたび上梓された書籍には9件の寺院の文書群、213点の文書が高精細の写真で紹介されている。後半部には各文書群の解説や書誌の一覧も付されており、個別文書の特徴も記されている。尊経閣文庫所蔵の文書は多くが中世文書であり、高精細画像で確認できるようになったことで、これまで以上に歴史学、特に中世史研究者にとって喜ばしい研究環境になってきたといえるだろう。

というのも、中世は「礼(礼式)の時代」と呼ばれることが背景にあるのだ。これは、「礼」が当時の人々にとって身近なため、各自の立場によって様々な礼儀作法を身につける必要があり、かつその作法が厳密だったことに由来する。その「礼」は文章を書く際にも適用された。それが「書札礼(しょさつれい)」であり、文書の発給者と受給者の身分差によって紙の形状や書き方=書式等が違っていたのである。例えば発給者よりも受給者が身分的に低い場合、宛名の苗字の一文字目は日付の高さよりも低い位置から書き始められる、あるいは宛名の敬称にあたる「殿」字が「とのへ」と平仮名になる。ほかにも現代の手紙の文末で「敬具」にあたる部分(書止=「かきとめ」という)は、「恐々謹言(きょうきょうきんげん)」もしくは「謹言」のみ、あるいはそれすら書かないで締めくくられる、といった具合である。

書札礼に秀でた「右筆」

こうした書札礼に秀でた人物が、武将たちの右筆(ゆうひつ)である。右筆は文書や記録の執筆・作成にあたる常置の職にある人物で、大名文書の多くは彼らが執筆し、大名は彼らの書いた文章の日付の下などに自身の署名(時にこれも右筆が書いた)と花押を据えていた。右筆で著名な人物としては武井夕庵(たけい・せきあん)などがいる。彼は信長の右筆だが、このように名前がわかるのは非常に稀なことで、ほとんどは名もなき人物たちであった。

今回紹介する『尊経閣善本影印集成83 尊経閣古文書纂 社寺文書 4〔第十輯 古文書〕』には、「天龍寺真乗院文書」と呼ばれる鎌倉前期~戦国前期の文書群(14点)が収載されている。真乗院は臨済宗天龍寺の塔頭(たっちゅう)で、貞治年間(1362~1368)に足利幕府の執権となった細川頼之(ほそかわ・よりゆき)が建立した。江戸時代まで存続したものの、元治元年(1864)の蛤御門(はまぐりごもん)の変で消失、天龍寺内部の移転等によって合併されたという。本文書群は上記「社寺文書」に分類されているが、内容は和泉国(大阪府)和田(みきた)郷を拠点とした和田氏の「家伝文書」の一部である。これらの文書が真乗院に残されたのは、和田氏が細川氏の被官で、かつ同院の住持が代々細川家から入っていたため、両者の関係性から真乗院へ文書が移されたと推測されている。

このうち10・11号文書が同書P56・57に見開きで確認できる。両文書はいずれも応仁3年(1469)と推測される細川頼久(常繁)から和田左近将監に宛てられたもので、前者が2月15日、後者が卯月22日という近い時期に発せられている。ほぼ同じ大きさの切紙(きりがみ)と呼ばれる形状の書状=手紙で、並んで掲載されている関係で両者の比較も容易い。改めて両者を見直すと、書止の「恐々謹言」や宛名の「和田左近将監」の文言は筆跡が同じように見受けられ、両文書の執筆者=右筆は同じとの推測が成り立つ。


高精細画像が導く新知見

書札礼の面から両文書を見比べると、まずは紙の形状が切紙である点を指摘できる。切紙は発給者が受給者に対して、敬意を示していたことが知られている。文書の右側(「袖」と呼ぶ)の下部(同じく「地」)から切り込みを入れてできた紐=切紐(きりひも)の長さも両者ともに同じくらいである。また、文書は紙の左側(「奥」と呼ぶ)から袖に向かって巻いていき、それを押しつぶして切紐で文書全体を巻き、「墨引(すみびき)」をして封留(ふうどめ)をする。これによってできた墨引の位置もほぼ同じという点も画像から看て取れる。こうした紙の形状からは、発信者=細川頼久は受信者=和田左近将監に対して、やや丁寧に扱おうという意図があったと判断される。

一方書式だが、宛名「和田左近将監」の書き出しの高さは、どちらも日付部の「日」にあたる部分で、地からほとんど同じ高さに「和田」の「和」字が記されている。また、宛名の敬称はどちらも「とのへ」書きである。形状と書式といった点から見ると、頼久は左近将監に対して身分的に低く見つつも、やや丁寧に扱おうと考えていたことがわかる。

となれば頼久の右筆は、上記をすべて理解していた人物と考えることが可能であろう。すなわち和田に宛てて文書を発する場合、右筆は切紐の長さをある一定の長さに切り、宛名についても常に考慮に入れて、いつも同じような位置に宛名や墨引が収まるように文書を作成していたのかもしれないのである。彼の名は判明しなくても、繊細かつ優秀な人物だったのではなかろうか。こうした想定は、和田家の文書群が尊経閣古文書纂の一部「真乗院文書」として現在に伝わり、高精細画像で刊行されたからこそ可能だったといえる。

右筆のような文官は名前も知られていないことが多いため、大名家中でもなかなか研究が進まないのが現状である。『影印集成』のような書籍が継続的に刊行されることで、この分野の研究が進展するかもしれない。継続的な刊行を切に望みたいものである。

[書き手]
大石 泰史(おおいし やすし)

1965年生、戦国大名今川氏を中心に、東海地域の戦国時代の研究を継続的に行う。
静岡県史(中世)執筆員、勝浦市史編さん委員等の委嘱を受け、
・平成29年(2017)NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」時代考証担当
・令和2年(2020)静岡市文化財保護審議会委員、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」古文書考証
・令和4年(2022)浜松城跡保存活用検討会委員、静岡市歴史博物館運営協議会委員
・令和5年(2023)NHK大河ドラマ「どうする家康」古文書考証
現在大石プランニング主宰

[単著]
『井伊氏サバイバル五〇〇年』(星海社新書 2016)
『今川氏滅亡』(角川選書 2018)
『城の政治戦略』(角川選書 2020)
尊経閣古文書纂 社寺文書 4 / 前田育徳会尊経閣文庫
尊経閣古文書纂 社寺文書 4
  • 著者:前田育徳会尊経閣文庫
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(234ページ)
  • 発売日:2023-06-23
  • ISBN-10:484062383X
  • ISBN-13:978-4840623834

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ALL REVIEWS 2023年9月28日

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