書評
『女帝の世紀 皇位継承と政争』(KADOKAWA/角川学芸出版)
政策課題から古代史の謎に迫る
皇位継承の問題が種々議論されるなかで、女帝についての論議も多く見られるが、その際によく見受けられるのが、女帝はこれまで中継ぎとして設定されたに過ぎないという考え方や、男帝と比較して女帝は資質が劣るという考え方である。これに対して本書は古代の女帝が決してそうした存在ではなかったことを明らかにするとともに、推古から称徳天皇まで、約百五十年間にわたり八代六人もの女帝が即位した「女帝の世紀」の謎を追っている。
そこでは女帝がいかに皇位継承に関わったのかという点よりは、女帝の存在を通じて古代の政治史の六つの謎を解き明かそうとしているところに大きな特徴がある。
1 なぜ七、八世紀には女帝が多いのか
2 なぜ「不改常典」は天智に仮託されるのか
3 なぜ長屋王は失脚しなければならなかったのか
4 なぜ光明子の立后は必要だったのか
5 なぜ藤原広嗣は大宰府で挙兵したのか
6 なぜ道鏡には即位の可能性があったのか
これが六つの謎である。いずれも古代政治史の大きな難問であるが、著者はそれぞれについて通説の問題点を指摘し、その疑問の解決の道を探ってゆく。
その際に、藤原氏を中心に据えた陰謀史観に基づくこれまでの政治史の捉え方に疑義を呈し、政策課題が何であったのかを考察し、そこから問題を考えるべきであると主張する。
そしてまた藤原氏を中心に据えないで、王権を主体にして政治史を見るべきであるともいう。
この付近の批判は舌鋒鋭く、その主張もよく理解できる。
確かにこれまでの研究は陰謀史観に流されがちであって、陰謀と政争の歴史を追った奈良時代政治史の叙述には辟易することがしばしばあった。しかも藤原氏というと、いつも陰謀がつきものとされ、そこから奈良時代のみならず平安時代の歴史が眺められてきたことが多かった。
そこでたとえば3の謎については、長屋王の失脚は天武朝以来の政権の基盤になっていた「壬申年の功臣」や東国の豪族勢力を排除するものであって、官僚制と天皇権力の強化を求めた政策課題に基づいていた支配層によるクーデターであったと指摘する。
これなどは詳細はともかくも、説得力はある。対外危機と内乱という重大問題から政治史を捉えることの意味は大きい。だが政策課題からだけでは、具体的な政治や人間の動きが見えないという問題点があることも忘れてはならない。
たとえば5の藤原広嗣の挙兵の理由を、対外政策をめぐっての対新羅政策に弱腰であった政権への批判、すなわち政策課題への対応の違いに基づくというのはどうだろうか。
疑問に思うのは、対新羅強硬策を主張する広嗣をどうして大宰府に左遷したかである。また政策課題の争いとすれば、どうして広嗣が挙兵したのかである。こうした疑問が湧いてきて、政策課題に関わる争いの結果とのみ見るのにはどうにも賛成できない。
陰謀に代えて政策課題を正面に据えて政治史を探ることは容易ではない。それは政争には陰謀と政策の両面の争いがあるというのが普通だからで、現代の政治も同じであろう。両方を視野に入れた政治史の叙述が必要とされよう。
著者の若々しいその政治史分析の今後に期待したい。
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