書評
『日本とは何か――日本語の始源の姿を追った国学者たち』(みすず書房)
契沖、賀茂真淵、本居宣長、富士谷御杖(みつえ)。国学の巨人らが≪日本語の始源の姿を追≫う格闘を描く。
契沖『万葉代匠記』が始まりだ。彼は真言宗の僧で文学を愛し梵語も学んだ。九世紀末に仮名ができる前の万葉集は暗号同然の漢字列。その用例を残らず調べ上げた。イは≪以伊已夷移怡易意異倚≫、ロは…と見当がつくと、伊理比沙之はイリヒサシ=入日さし、などと読めていく。まるでクロスワードパズルである。この延長で契沖は五十音図など、言語学のおおまかな骨格を構想した。高野山で学んだサンスクリット語からヒントをえた独創的な業績だ。
賀茂真淵は枕詞に注目、音節や活用にも踏み込んだ理解を示した。
本居宣長は、古事記と格闘した。古事記は漢文でなく、読みの不明な漢字列。それを契沖に負けず厳密に読み解いていく。天地はアメツチと読むべきだ、など。漢字の伝わる前の始源の日本語に肉薄していく。
国学はこうして、神話に遡る共通の民族の記憶を紡ぎだす。尊皇思想の核となった。それがナショナリズムに育てば明治維新までは一直線。そんな日本近代化の秘密を解明してくれるスリリングな一冊である。
契沖『万葉代匠記』が始まりだ。彼は真言宗の僧で文学を愛し梵語も学んだ。九世紀末に仮名ができる前の万葉集は暗号同然の漢字列。その用例を残らず調べ上げた。イは≪以伊已夷移怡易意異倚≫、ロは…と見当がつくと、伊理比沙之はイリヒサシ=入日さし、などと読めていく。まるでクロスワードパズルである。この延長で契沖は五十音図など、言語学のおおまかな骨格を構想した。高野山で学んだサンスクリット語からヒントをえた独創的な業績だ。
賀茂真淵は枕詞に注目、音節や活用にも踏み込んだ理解を示した。
本居宣長は、古事記と格闘した。古事記は漢文でなく、読みの不明な漢字列。それを契沖に負けず厳密に読み解いていく。天地はアメツチと読むべきだ、など。漢字の伝わる前の始源の日本語に肉薄していく。
国学はこうして、神話に遡る共通の民族の記憶を紡ぎだす。尊皇思想の核となった。それがナショナリズムに育てば明治維新までは一直線。そんな日本近代化の秘密を解明してくれるスリリングな一冊である。
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