書評

『日本とは何か――日本語の始源の姿を追った国学者たち』(みすず書房)

  • 2023/11/12
日本とは何か――日本語の始源の姿を追った国学者たち / 今野真二
日本とは何か――日本語の始源の姿を追った国学者たち
  • 著者:今野真二
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(424ページ)
  • 発売日:2023-05-18
  • ISBN-10:4622095971
  • ISBN-13:978-4622095972
内容紹介:
日本語の始原の姿を突き止めることで「日本の始め」を明らかにしようとした、4人の国学者たち。契沖(1640-1701)がたどりついたのは「漢字」だった。仮名発生以前、中国語をあらわす文字であ… もっと読む
日本語の始原の姿を突き止めることで「日本の始め」を明らかにしようとした、4人の国学者たち。
契沖(1640-1701)がたどりついたのは「漢字」だった。仮名発生以前、中国語をあらわす文字である漢字によって、日本語はどのように文字化されていたのか。
賀茂真淵(1697-1769)は「音」に言語の根幹を見いだす。「語を意味を有する各音に分解する」という真淵の方法は、音節、五十連の音の気づきをもたらした。
言語化されたことばを精緻に読み解くことで上代の人間のこころを知ろうとした本居宣長(1730-1801)。その先に結実した係り結びの研究、漢字の字音研究は、今日までその価値を失っていない。
「異端の国学者」とも称される富士谷御杖(1768-1824)は、心のままを直言しない、感情のコントロールを経た表出である「倒語」を追求し、人の感情=人情のありかたを深く探った。
集約・融合しながら現代の日本語研究にまで脈々とつながる知の生成過程を、きめ細かに追跡し、ダイナミックに読み解く。


目次

序章 江戸のエピステーメー
二つのエピステーメー/古代のテキストを訓(よ)む/言語を分解する/「感情情報」への接近――メタ言語と和歌/双六から探る皇朝学/動的な江戸時代の学際/宣長宇宙

第一章 フィロロジスト契沖
一 契沖の『萬葉集』研究――万葉仮名を整理する
「正語仮字篇」というテキスト/現在の方法と契沖の方法/いろいろな「よめない」/契沖のアプローチ――漢籍の精読、サンスクリット(悉曇)研究/区別があるから通じる

二 『和字正濫鈔』は仮名遣い書か
『万葉代匠記』から『和字正濫鈔』へ/『和字正濫鈔』――漢字で文字化された日本語にたどりつく/思考を図であらわす

三 橘成員との論争
『和字正濫鈔』への批判――『倭字古今通例全書』/契沖の論駁――『和字正濫通妨抄』『和字正濫要略』/まことと和歌

四 語源・異名への意識――『円珠庵雑記』をよむ
語源について/異名について

第二章 賀茂真淵――経験、直感による知覚
一 『冠辞考』
あまとぶや/ぬえぐさの

二 直感によるアプローチと論理
いにしへのこころ/真淵と宣長

三 歌を詠むこと・歌を理解すること――実践的解釈論
ひたぶる心/心におもふ事がうたになる/感情の表出

四 五十音図による音義的解釈のさきがけ
「仮字(かな)」と五十音/音義的な語構成観/知のネットワーク/延約転略の説/今夜の月夜/おわりに

第三章 本居宣長
一 文法のダイヤグラム――『てにをは紐鏡』
「係り結び」の意識化――中世から江戸への伝授/『てにをは紐鏡』を観察する

二 仮名によって漢字の発音を示す――『字音仮字用格』
「假名都加比」と『字音仮字用格』/漢語を仮名で書く・漢字音を仮名であらわす

三 メタ言語としての口語
メタ言語――言語を言語で説明する/メタ言語の獲得/「古言」「里言」というメタ言語――富士谷御杖『詞葉新雅』/文献密着主義/文献における具体と抽象/日本列島外の日本語――岡島冠山『唐話纂用』/日本列島内のさまざまな日本語――越谷吾山『物類称呼』

四 宣長の方法――『古今集遠鏡』
『古今集遠鏡』を概観する/人文知のとらえかた/真淵との「始対面」/余白に書く/宣長のよみ/人情、感情の言語化/古文辞学の方法――荻生徂徠から真淵、宣長へ

五 上田秋成との論争――「呵刈葭』
「呵刈葭」を概観する/「呵刈葭」上巻の論争/民族主義的であることと論理的であること/音声言語の位置づけ/おわりに

第四章 富士谷御杖の言霊倒語説
一 異端の国学者
御杖の生きた時代/未分化なテキスト/二十世紀の御杖の評価

二 歌を詠むことで「真言(まこと)」を追究する
人の心のありかた/人にとって歌とは何か――歌論『真言弁』/歌の「稽古修業」――『歌道非唯抄』/古典を照らす「燈」

三 さまざまな言語学的知見
六運/脚結(あゆい)に着目する――『あゆひ抄』と『俳諧天爾波抄』/『和歌いれひも』/メタ言語としての口語――『詞葉新雅』/伝達言語と詩的言語

四 言霊倒語説
おわりに

終章 詩的言語と国学者
国学者が和歌を作るということ/本居宣長『新古今集美濃の家づと』/国学者たちの「連続」の「感覚」/人情にちかいこと/人情と思想のかかわり


あとがき
契沖、賀茂真淵、本居宣長、富士谷御杖(みつえ)。国学の巨人らが≪日本語の始源の姿を追≫う格闘を描く。

契沖『万葉代匠記』が始まりだ。彼は真言宗の僧で文学を愛し梵語も学んだ。九世紀末に仮名ができる前の万葉集は暗号同然の漢字列。その用例を残らず調べ上げた。イは≪以伊已夷移怡易意異倚≫、ロは…と見当がつくと、伊理比沙之はイリヒサシ=入日さし、などと読めていく。まるでクロスワードパズルである。この延長で契沖は五十音図など、言語学のおおまかな骨格を構想した。高野山で学んだサンスクリット語からヒントをえた独創的な業績だ。

賀茂真淵は枕詞に注目、音節や活用にも踏み込んだ理解を示した。

本居宣長は、古事記と格闘した。古事記は漢文でなく、読みの不明な漢字列。それを契沖に負けず厳密に読み解いていく。天地はアメツチと読むべきだ、など。漢字の伝わる前の始源の日本語に肉薄していく。

国学はこうして、神話に遡る共通の民族の記憶を紡ぎだす。尊皇思想の核となった。それがナショナリズムに育てば明治維新までは一直線。そんな日本近代化の秘密を解明してくれるスリリングな一冊である。
日本とは何か――日本語の始源の姿を追った国学者たち / 今野真二
日本とは何か――日本語の始源の姿を追った国学者たち
  • 著者:今野真二
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(424ページ)
  • 発売日:2023-05-18
  • ISBN-10:4622095971
  • ISBN-13:978-4622095972
内容紹介:
日本語の始原の姿を突き止めることで「日本の始め」を明らかにしようとした、4人の国学者たち。契沖(1640-1701)がたどりついたのは「漢字」だった。仮名発生以前、中国語をあらわす文字であ… もっと読む
日本語の始原の姿を突き止めることで「日本の始め」を明らかにしようとした、4人の国学者たち。
契沖(1640-1701)がたどりついたのは「漢字」だった。仮名発生以前、中国語をあらわす文字である漢字によって、日本語はどのように文字化されていたのか。
賀茂真淵(1697-1769)は「音」に言語の根幹を見いだす。「語を意味を有する各音に分解する」という真淵の方法は、音節、五十連の音の気づきをもたらした。
言語化されたことばを精緻に読み解くことで上代の人間のこころを知ろうとした本居宣長(1730-1801)。その先に結実した係り結びの研究、漢字の字音研究は、今日までその価値を失っていない。
「異端の国学者」とも称される富士谷御杖(1768-1824)は、心のままを直言しない、感情のコントロールを経た表出である「倒語」を追求し、人の感情=人情のありかたを深く探った。
集約・融合しながら現代の日本語研究にまで脈々とつながる知の生成過程を、きめ細かに追跡し、ダイナミックに読み解く。


目次

序章 江戸のエピステーメー
二つのエピステーメー/古代のテキストを訓(よ)む/言語を分解する/「感情情報」への接近――メタ言語と和歌/双六から探る皇朝学/動的な江戸時代の学際/宣長宇宙

第一章 フィロロジスト契沖
一 契沖の『萬葉集』研究――万葉仮名を整理する
「正語仮字篇」というテキスト/現在の方法と契沖の方法/いろいろな「よめない」/契沖のアプローチ――漢籍の精読、サンスクリット(悉曇)研究/区別があるから通じる

二 『和字正濫鈔』は仮名遣い書か
『万葉代匠記』から『和字正濫鈔』へ/『和字正濫鈔』――漢字で文字化された日本語にたどりつく/思考を図であらわす

三 橘成員との論争
『和字正濫鈔』への批判――『倭字古今通例全書』/契沖の論駁――『和字正濫通妨抄』『和字正濫要略』/まことと和歌

四 語源・異名への意識――『円珠庵雑記』をよむ
語源について/異名について

第二章 賀茂真淵――経験、直感による知覚
一 『冠辞考』
あまとぶや/ぬえぐさの

二 直感によるアプローチと論理
いにしへのこころ/真淵と宣長

三 歌を詠むこと・歌を理解すること――実践的解釈論
ひたぶる心/心におもふ事がうたになる/感情の表出

四 五十音図による音義的解釈のさきがけ
「仮字(かな)」と五十音/音義的な語構成観/知のネットワーク/延約転略の説/今夜の月夜/おわりに

第三章 本居宣長
一 文法のダイヤグラム――『てにをは紐鏡』
「係り結び」の意識化――中世から江戸への伝授/『てにをは紐鏡』を観察する

二 仮名によって漢字の発音を示す――『字音仮字用格』
「假名都加比」と『字音仮字用格』/漢語を仮名で書く・漢字音を仮名であらわす

三 メタ言語としての口語
メタ言語――言語を言語で説明する/メタ言語の獲得/「古言」「里言」というメタ言語――富士谷御杖『詞葉新雅』/文献密着主義/文献における具体と抽象/日本列島外の日本語――岡島冠山『唐話纂用』/日本列島内のさまざまな日本語――越谷吾山『物類称呼』

四 宣長の方法――『古今集遠鏡』
『古今集遠鏡』を概観する/人文知のとらえかた/真淵との「始対面」/余白に書く/宣長のよみ/人情、感情の言語化/古文辞学の方法――荻生徂徠から真淵、宣長へ

五 上田秋成との論争――「呵刈葭』
「呵刈葭」を概観する/「呵刈葭」上巻の論争/民族主義的であることと論理的であること/音声言語の位置づけ/おわりに

第四章 富士谷御杖の言霊倒語説
一 異端の国学者
御杖の生きた時代/未分化なテキスト/二十世紀の御杖の評価

二 歌を詠むことで「真言(まこと)」を追究する
人の心のありかた/人にとって歌とは何か――歌論『真言弁』/歌の「稽古修業」――『歌道非唯抄』/古典を照らす「燈」

三 さまざまな言語学的知見
六運/脚結(あゆい)に着目する――『あゆひ抄』と『俳諧天爾波抄』/『和歌いれひも』/メタ言語としての口語――『詞葉新雅』/伝達言語と詩的言語

四 言霊倒語説
おわりに

終章 詩的言語と国学者
国学者が和歌を作るということ/本居宣長『新古今集美濃の家づと』/国学者たちの「連続」の「感覚」/人情にちかいこと/人情と思想のかかわり


あとがき

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年7月8日

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