『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方』(平凡社)

難民救え、比類なきリーダーシップ

ロシア軍のウクライナ侵攻により、多くの人がポーランドなどヨーロッパ諸国への避難を余儀なくされた。テレビの画面に映し出される疲れ切ったお年寄りやおびえる子どもの様子にやりきれない思いを抱きながら、本書を開いた。

緒方貞子は、1991年第8代国連難民高等弁務官に任命され、その後10年間みごとな活躍ぶりを見せた。国連難民高等弁務官事務所（UNHCR）に勤務していた著者は、スタッフとして共に働き、緒方の退官後はプライベート・アシスタントとして仕事を支えた。そこで「比類なきリーダー」であり「真の国際人」である緒方の生き方は「自分という存在を最大限に育て上げて生きるための指針になる」と考え本書を認（したた）めたのだ。同時にUNHCRを知ってほしいという願いもこめている。

緒方の着任直後にクルド難民危機、隣国ソマリアからの難民が流入したエチオピア危機、アルバニア難民のイタリア流入が起きた。「同じ週に三つもの新たな緊急事態が重なることなど、そうはないですよ」と言われた事態だ。イラクのフセイン政権に弾圧されてきたクルド人がイラン、トルコへ避難を始めたのだが、トルコが入国を拒否し、山岳地帯に法的に「難民」ではない140万人が立ち往生することになったのである。この時緒方は、この人々を支援するという「前例にとらわれない決断」をする。「命を助けることが最優先です。国境に何の意味があるというのでしょうか」。その通りだ！ 現場を知るスタッフと知恵を出し合い、質問しながら臨機応変な組織を創り出す。緊急対応チームの新設、民間からの資金調達、『世界難民白書』の出版、資料のアーカイブ化などに取り組み、これでスタッフのモラルが急速に向上した。

緒方は常に官僚主義にならず、自分の頭で考えることを求めた。これは就任まで上智大学教授であったという経歴にもよるだろう。もう一つは「メンツにこだわる男性よりも女性のほうが現実的であり、共通の利害を認識し、日々の暮らしを支えるために共に働くことが、時間はかかっても少しずつ地域社会の和解へとつなが」るという利点が生かされたと著者は言う。今、最重要の能力である。

帰国後、独立行政法人国際協力機構（JICA）初代理事長に就任、「開発のための機関に人道の空気を持ち込んだ」。「大事なのは“人びと”です。国連の場合、国と国との話し合いがありますが、それだけでものは解決せず、国の中に人びとがいることを考えないとだめなのです。人びとを頭に置かないで、威張って国を運営できる時代ではないのです」と言って。

緒方に大きな影響を与えたのは聖心女子大学の初代学長マザー・ブリット。自立した人、知的な人、協力的な人であれという建学の精神を緒方は具現化した。本書は、体力抜群で楽天的など、緒方個人としての魅力や恵まれた家庭環境などを余すところなく伝えており、そこから学ぶことも多い。

ここでは、難民という難問を自分の課題として考える時の案内人としての緒方を取り上げた。「いつもどこかで苦しんでいる人がいることを忘れずにいてほしい。そして地球上、ともに生きる人間としての連帯感をもちつづけてほしい」。実践者の言葉は重い。