書評

『「修養」の日本近代: 自分磨きの150年をたどる』(NHK出版)

  • 2024/03/18
「修養」の日本近代: 自分磨きの150年をたどる / 大澤 絢子
「修養」の日本近代: 自分磨きの150年をたどる
  • 著者:大澤 絢子
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2022-08-25
  • ISBN-10:414091274X
  • ISBN-13:978-4140912744
内容紹介:
何が「働くノン・エリート」を駆り立てたのか?明治・大正期に、旧制高校・帝国大学を出るようなエリートになれなかった多くの人々、昭和期にサラリーマンとして会社で「研修」に励んだ人々、… もっと読む
何が「働くノン・エリート」を駆り立てたのか?

明治・大正期に、旧制高校・帝国大学を出るようなエリートになれなかった多くの人々、昭和期にサラリーマンとして会社で「研修」に励んだ人々、平成以降の低成長期に、自己啓発産業やビジネス書の消費者となった人々―ー。彼らが拠りどころにしたのは、あくなき「自己向上」への意欲だった。
本書は、「教養」として語られがちな、自己成長のための営為が実は明治初頭から宗教の力を借りて社会に広く行きわたり、近代日本の社会を根底で支える水脈となっていたことを示す。時代ごとに違う形で花開いた、「自己向上」にまつわる大衆文化の豊かさ、切なさ、危うさに触れながら“日本資本主義の精神”の展開史を描き出す、気鋭の力作!

序章 「自分磨き」の志向
第一章 語られた修養 ――伝統宗教と〈宗教っぽい〉もの
第二章 Self-Helpの波紋 ――立身出世と成功の夢
第三章 働く青年と処世術 ――新渡戸稲造と『実業之日本』
第四章 「経営の神様」と宗教 ――松下幸之助の実践
第五章 修養する企業集団 ――ダスキンの向上心
終章 修養の系譜と近代日本――集団のなかで自分を磨く

明治から続く、精神形成の伝統

「修養」とは≪主体的に自己の精神的成長を目指して努力する≫こと。教養が学歴エリート向けなのに対し、修養はもっと日常的で大衆的だ。働くノン・エリートを支え、社会と産業を支えた。

「修養」の火付け役は、サミュエル・スマイルズ『西国立志編』(中村正直訳)だ。明治三年刊の≪近代日本初の自己啓発書≫で、巻頭の「天ハ自ラ助クルモノヲ助ク」が人びとの心に刺さった。

明治三十年代中頃から修養がブームになった。人生に悩む「煩悶(はんもん)青年」や上昇志向の「成功青年」向けに、『修養録』の松村介石やジャーナリストの徳富蘇峰らキリスト者、清沢満之(まんし)ら仏教者が修養を説いた。学校で教える修身に対し、学校外の実践が修養だ。

雑誌『成功』を村上俊蔵が創刊したのは明治三十五年。アメリカの実業家マーデンの『サクセス』誌の日本版だ。偉人の伝記が評判を呼び、職業選択や将来の進路に悩む若者が争って読んだ。

新渡戸稲造は『実業之日本』に処世論を執筆した。『成功』と並ぶ有力誌だ。それをまとめた『修養』もベストセラーに。著名な学者があえて「通俗雑誌」を選んだのは、万人の人格向上を願うクエーカーの信念かもしれない。

修養と会社経営を一体化したのが松下幸之助だ。学歴もなく九歳で丁稚(でっち)に出て、船場で商売の基本を仕込まれ、講談本を読んで社会常識を身につけた。独立して松下電気器具製作所を創業、苦労の連続だった。≪あらゆる機会を通じて全従業員が理念を共有し…集団で修養する体制≫を作った。著書も多く、今もビジネス書のベストセラーに名を連ねている。

幸之助は宗教とのつながりが深い。ラジオで「朝の修養」を聴き≪禅や神道、天理教や大本教、金光教や弁天宗、キリスト教に創価学会、立正佼成会など…と付き合った≫。浅草雷門や中尊寺…にも寄付した。ただし特定の宗教に深入りしない。「根源の社(やしろ)」という独自の神社を建て、本社には白龍大明神を、各事業部には黒龍、青龍、赤龍、黄龍大明神を祀(まつ)った。戦後すぐPHP研究所をつくり、≪人間には本来、繁栄、平和、幸福を招来する能力が与えられている≫と説いた。新宗教がよく掲げる生命主義に通じる点がある。

ダスキンを創業した鈴木清一も<宗教っぽい>ものを経営に取り入れた。鈴木は西田天香主宰の一燈園で目覚めた。一燈園は二宮尊徳の教えに拠る無宗派無所有の団体。鈴木は以後≪家や会社でトイレ掃除…感謝の合掌をすることが…日常とな≫り、「人間をつくる」優先の経営を進めた。

鈴木は一九六三年、日本初のフランチャイズビジネスを始めた。「あなたの人生が新しく生まれ変わるチャンス」ですと加盟店を募る。ビジネスと人生の成功を両方目指す日本流フランチャイズだ。

修養はいま社会の表面から消えたが、研修(研究+修養のこと)の形で企業の内外に生き残っている。自己啓発セミナーやオンラインサロンもその変奏曲である。

本書が描き出すのは、明治から現代に続く修養の太い伝統だ。ウェーバーは、プロテスタンティズムの倫理が資本主義を生むとのべた。その通説に収まらない日本独自のストーリーがここにある。

著者は社会学や宗教がベースの研究者。簡潔で丹念な文章が事柄の機微を描いて光る。
「修養」の日本近代: 自分磨きの150年をたどる / 大澤 絢子
「修養」の日本近代: 自分磨きの150年をたどる
  • 著者:大澤 絢子
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2022-08-25
  • ISBN-10:414091274X
  • ISBN-13:978-4140912744
内容紹介:
何が「働くノン・エリート」を駆り立てたのか?明治・大正期に、旧制高校・帝国大学を出るようなエリートになれなかった多くの人々、昭和期にサラリーマンとして会社で「研修」に励んだ人々、… もっと読む
何が「働くノン・エリート」を駆り立てたのか?

明治・大正期に、旧制高校・帝国大学を出るようなエリートになれなかった多くの人々、昭和期にサラリーマンとして会社で「研修」に励んだ人々、平成以降の低成長期に、自己啓発産業やビジネス書の消費者となった人々―ー。彼らが拠りどころにしたのは、あくなき「自己向上」への意欲だった。
本書は、「教養」として語られがちな、自己成長のための営為が実は明治初頭から宗教の力を借りて社会に広く行きわたり、近代日本の社会を根底で支える水脈となっていたことを示す。時代ごとに違う形で花開いた、「自己向上」にまつわる大衆文化の豊かさ、切なさ、危うさに触れながら“日本資本主義の精神”の展開史を描き出す、気鋭の力作!

序章 「自分磨き」の志向
第一章 語られた修養 ――伝統宗教と〈宗教っぽい〉もの
第二章 Self-Helpの波紋 ――立身出世と成功の夢
第三章 働く青年と処世術 ――新渡戸稲造と『実業之日本』
第四章 「経営の神様」と宗教 ――松下幸之助の実践
第五章 修養する企業集団 ――ダスキンの向上心
終章 修養の系譜と近代日本――集団のなかで自分を磨く

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年11月12日

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