書評
『昭和天皇とワシントンを結んだ男―「パケナム日記」が語る日本占領』(新潮社)
講和条約の裏で暗躍、赤裸々に
太平洋戦争史、占領史の主要な史料はほぼ出尽くしたと思ったが、どっこいまだ残っていた。本書の骨格をなすコンプトン・パケナムの日記も、その一つといえよう。パケナムは日本生まれのイギリス人で、しかもニューズウィーク(アメリカ)の東京支局長という変わり種のジャーナリストである。この日記は、ときおりニューズウィーク本社の外信部長ハリー・カーンに宛てた手紙という形式をとりながら、書き継がれていた。
著者は、1970年代の末にダグラス・グラマン事件に関わったカーンの消息を追ううち、その息子からパケナムの日記を託される。そこには占領期の日本に駐在したパケナムが、上司のカーンと連絡を取り合いながら、講和条約締結の裏で暗躍した事実が、赤裸々に記録されていた。
パケナムは占領軍の政策に批判的で、総司令官のマッカーサーの不興を買った。天皇の側近だった松平康昌と親しくしており、松平を通じて天皇の意向を探り、いろいろな裏工作を行った形跡がある。
たとえば、当時の首相吉田茂を飛び越して、講和条約締結の立役者J・F・ダレスと昭和天皇を結びつけようとした。まだ、公職追放を解除されていなかった鳩山一郎が次期首相になるとにらんで、ダレスと密会させたりもした。さらに、岸信介がいずれ首相になると予測し、その後押しもしている。パケナムの活動が、単なるジャーナリストの枠内にとどまらず、当時の日本の外交政策を左右する大きな影響力を持っていたことが鮮明に分かる。
主題と関連して、本書の最後に取り上げられたパケナムの出自に関する追跡調査の過程は、ミステリーの犯人捜しにも似て、興味深いものがある。綿密な史料読み込みに加え、手間のかかる取材調査をいとわぬ著者の面目がよく表れている。現代史の隙間を埋める好著である。
朝日新聞 2011年6月26日
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