書評

『真実と修復――暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策』(みすず書房)

  • 2024/05/26
真実と修復――暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策 / ジュディス・L・ハーマン
真実と修復――暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策
  • 著者:ジュディス・L・ハーマン
  • 翻訳:阿部 大樹
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2024-03-19
  • ISBN-10:4622096900
  • ISBN-13:978-4622096900
内容紹介:
〈社会のあり方から心的外傷が生じている以上、そこからの回復も、個人の問題プライベートではありえない。個々のコミュニティにある不正義によって外傷が生じているなら、傷を治すためには、… もっと読む
〈社会のあり方から心的外傷が生じている以上、そこからの回復も、個人の問題プライベートではありえない。個々のコミュニティにある不正義によって外傷が生じているなら、傷を治すためには、より大きなコミュニティから対策を引きだして、不正義を修復しなくてはならない。
回復していく途上、難しい問いがさまざまに浮かび上がってくる。
皆の前でこのことを話せるか?
真実を、周りのひとは受け止めてくれるだろうか?
この傷は治るだろうか?
そのために何を差し出さなくてはならないのか?
どうして加害者と同じコミュニティに所属しつづけないといけないのか?
和解は可能か?
どうやって?
コミュニティはどうすれば現在の、そして将来の被害を防げるのか?
この問いに答えるため、私はもう一度、話を聞くことにした。生き延びたものたちの声である。皆のための、より良い正義を求めることのために本書はある〉

暴力被害者は何を求めているのか。加害者の謝罪やアカウンタビリティはどうあるべきか。補償や再発防止の具体策は、司法のあり方は。トラウマ問題のバイブル『心的外傷と回復』を継ぐ総決算の書。


目 次

イントロダクション
方法論ノート

第一部 権力
第一章 専制による秩序
第二章 平等による秩序
第三章 家父長制

第二部 正義のヴィジョン
第四章 不正を認知すること
第五章 謝罪
第六章 アカウンタビリティ

第三部 治癒
第七章 補償について
第八章 矯正
第九章 予防

終章 史上最長の革命

謝辞
訳語ノート
訳者あとがき
原注
索引

トラウマ臨床の「政治」回帰がここに

ハーマンの前著『心的外傷と回復』(みすず書房、邦訳1996年)は「フロイト以来最も重要な精神医学書」とも評されたトラウマ臨床の古典だ。わが国のトラウマ臨床は、本書の翻訳を契機に大きく進展したと言っても過言ではない。それからおよそ30年を経て出版された本書は、前著の続編という趣を湛(たた)えつつも、いっそう進んだ認識のもと、高齢をものともしない精緻でみずみずしい筆致が際立つ。精神科医でもある訳者の懇切な注釈や解説も読解を大いに助けてくれる。

前著は「複雑性PTSD」概念の提唱をはじめ、斬新なアイディアに満ちていた。とりわけ彼女が、外傷治療の目標として「心身の安全」「想起と服喪追悼」「コミュニティとの再結合」を設定し、それぞれの段階に見合った当事者グループへの参加を推奨したのは画期的なアプローチで、現在のPTSD治療のスタンダードとされている。

本書の内容も前著の延長線上にあるが、もっとも大きな変化として、司法領域に大きく踏み込んだ点が挙げられる。トラウマ治療を社会実装するなら、もはや社会的、政治的視点は避けて通れないという覚悟がそこにある。

個人の意志や自由を奪う「抑圧のメソッド」を用いるのは、カルト団体や虐待者ばかりではない。司法システムが抑圧を固定化しているのだ。性被害申告の難しさ、不起訴の多さ、加害者の否認に晒(さら)されることなど、司法が実質的に免罪の仕組みとして機能している。このあたりはわが国も同様か、より悪い状況にあるのは周知の通りだ。

被害者が必要とするのは「不正についてコミュニティが認知すること」、そして「被害者に落ち度はないと確認されること」である。しかしこの点は、加害者の協力が得られなければ難しい。そこでハーマンは「修復的司法」の導入を提案する。ファシリテーターと被害者、加害者およびその関係者らが参加してなされる対話。そこでは犯罪行為についてのアカウンタビリティ、被害者への補償、再発防止のための構造的変化が重視される。この手法についてハーマンは慎重さもにじませつつ、さまざまな実践例について検討している。

性犯罪の再発防止策として、とりわけ性売買についての政策の国際比較は興味深い。たとえば買春者に刑事罰を科すスウェーデンの政策は、売春の合法化よりも優れていることを示すエビデンスがあるという。また性暴力の発生抑止が、司法システムでなされうる可能性について検討される。被害者の回復を第一とする「治癒のための司法」、そして加害者の内省と行動変化を求めること。フェミニズム運動を一つの出自とするトラウマ臨床が、かくも「政治」へと回帰することは、暴力を生き延びた被害者が必要とする「真実と修復」を実現するためにも、避けられないことなのだ。

最後に。本書はその記述の多くを性犯罪に割いているが、回復のための指摘の多くは、いじめ問題の対策にもあてはまる。とりわけ加害者に対する「再統合のための羞辱化」(禁止だけではなく道徳の問題であることをわからせること)という発想は、評者にも大きなヒントを与えてくれた。
真実と修復――暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策 / ジュディス・L・ハーマン
真実と修復――暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策
  • 著者:ジュディス・L・ハーマン
  • 翻訳:阿部 大樹
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2024-03-19
  • ISBN-10:4622096900
  • ISBN-13:978-4622096900
内容紹介:
〈社会のあり方から心的外傷が生じている以上、そこからの回復も、個人の問題プライベートではありえない。個々のコミュニティにある不正義によって外傷が生じているなら、傷を治すためには、… もっと読む
〈社会のあり方から心的外傷が生じている以上、そこからの回復も、個人の問題プライベートではありえない。個々のコミュニティにある不正義によって外傷が生じているなら、傷を治すためには、より大きなコミュニティから対策を引きだして、不正義を修復しなくてはならない。
回復していく途上、難しい問いがさまざまに浮かび上がってくる。
皆の前でこのことを話せるか?
真実を、周りのひとは受け止めてくれるだろうか?
この傷は治るだろうか?
そのために何を差し出さなくてはならないのか?
どうして加害者と同じコミュニティに所属しつづけないといけないのか?
和解は可能か?
どうやって?
コミュニティはどうすれば現在の、そして将来の被害を防げるのか?
この問いに答えるため、私はもう一度、話を聞くことにした。生き延びたものたちの声である。皆のための、より良い正義を求めることのために本書はある〉

暴力被害者は何を求めているのか。加害者の謝罪やアカウンタビリティはどうあるべきか。補償や再発防止の具体策は、司法のあり方は。トラウマ問題のバイブル『心的外傷と回復』を継ぐ総決算の書。


目 次

イントロダクション
方法論ノート

第一部 権力
第一章 専制による秩序
第二章 平等による秩序
第三章 家父長制

第二部 正義のヴィジョン
第四章 不正を認知すること
第五章 謝罪
第六章 アカウンタビリティ

第三部 治癒
第七章 補償について
第八章 矯正
第九章 予防

終章 史上最長の革命

謝辞
訳語ノート
訳者あとがき
原注
索引

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年4月27日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
斎藤 環の書評/解説/選評
ページトップへ