書評

『依存症と人類――われわれはアルコール・薬物と共存できるのか』(みすず書房)

  • 2023/10/23
依存症と人類――われわれはアルコール・薬物と共存できるのか / カール・エリック・フィッシャー
依存症と人類――われわれはアルコール・薬物と共存できるのか
  • 著者:カール・エリック・フィッシャー
  • 翻訳:小田嶋 由美子,松本 俊彦(監訳)
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(456ページ)
  • 発売日:2023-04-12
  • ISBN-10:4622096021
  • ISBN-13:978-4622096023
内容紹介:
ある時代には酒や薬物に耽溺することは「堕落」と見なされ、ある時代には「下級階層の流行病」と見なされた。またある時代には、たとえ同じ薬物でも、特定のコミュニティで使用すれば「医療」… もっと読む
ある時代には酒や薬物に耽溺することは「堕落」と見なされ、ある時代には「下級階層の流行病」と見なされた。またある時代には、たとえ同じ薬物でも、特定のコミュニティで使用すれば「医療」だが、別のコミュニティに属する者が使用すれば「犯罪」と見なされた。
アルコール依存症から回復した精神科医が本書に描くのは、依存症の歴史であり、その概念の歴史である。自身や患者の体験、過去の有名無名の人々のエピソードに加え、医学や科学のみならず、文学、宗教、哲学にまで踏み込んだ豊饒な歴史叙述によって、依存性薬物と人類の宿命的な繋がりが浮かび上がってくる。
依存症は「病気」なのか? それとも、差別や疎外に苦しむ者に刻印されたスティグマなのか――? 圧倒的な筆力で依存症をめぐるさまざまな神話を解体し、挫折と失敗に彩られた人類の依存症対策史をも詳らかにする。

「本書は、米国のみならず、国際的な薬物政策に大きな影響を及ぼす一冊となりうる力を備えている。その意味で、依存症の治療・支援はもとより、政策の企画・立案、さらには啓発や報道にかかわる者すべてにとっての必読書であると断言したい」(松本俊彦「解題」より)


目次

イントロダクション
著者はしがき

第I部 名前を探して
第1章 出発点――「依存症」以前
第2章 エピデミック
第3章 意志の病い

第II部 不節制の時代
第4章 憑依
第5章 アメリカ初のオピオイド・エピデミック
第6章 ジャンキー

第III部 現代の依存症のルーツ
第7章 近代アルコホリズム運動
第8章 よい薬物、悪い薬物

第IV部 試される依存症
第9章 リハビリテーション
第10章 ゼロ・トレランス
第11章 依存症を理解する

結論 回復

謝辞
解題 (松本俊彦)
原註
図版クレジット一覧
索引

道徳的非難、背景に社会の構図

本書は依存症の問題を、依存症当事者として、あるいは精神科医として、さらには人類史的な視座から立体的に描き出す、きわめて野心的かつ重厚な著作である。著者であるコロンビア大学臨床精神医学助教授のカール・エリック・フィッシャーは、依存症専門医にして生命倫理学者である。

実はカールは、かつてアルコール依存症の当事者だった。アルコールへの耽溺によって日常的にも支障を来す状態となり、警察に保護されて精神科閉鎖病棟で入院治療を受けた経験もある。本書の記述は、歴史についての叙述の合間に、カール自身の依存症からの回復過程がさしはさまれるスタイルで飽きさせない。また、アメリカにおける依存症の歴史があまりにも波乱に富んでいて、不謹慎ながらこれがめっぽう面白い。

評者も精神科医ではあるが依存症は専門外であり、本書で初めて知った歴史的事実も多かった。たとえば18世紀のイギリスで貧困層の女性達を中心に猖獗をきわめたという「ジン・クレイズ(狂気のジン時代)」。現代のストロング系飲料の流行を思わせるジンの流行は最初期の薬物エピデミックの一つと目される。また同時期にアメリカではラム酒による常習的酩酊が社会問題となっていたが、医師のベンジャミン・ラッシュは、それが依存症という病気であるという画期的な説を提唱した。しかし1930年代まで、アルコール依存症に有効な治療法はなかった。この時期にようやく、現代まで続く自助グループである「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」が誕生している。

このように人々を苦しめてきた依存症だが、その原因物質は、しばしば快楽目的で人工的に導入される。人類史における有害薬物のビッグスリーとされるアルコール、タバコ、カフェインが典型である。さらに依存物質がまん延する背景には、それによって利益を得る業界の後押しがある。近年アメリカにオピオイド・クライシスをもたらしたオキシコンチンは、依存症のリスクが判明した後も製薬会社が研究者を動員して宣伝活動を展開し、規制する法案を潰すロビー活動を行ったことで有罪判決を下されている。歴史は繰り返す、というよりも、これが依存症エピデミックの典型的な構図なのである。

今に至るまで依存症には道徳的堕落の印象がつきまとう。歴史的にもアメリカでは、薬物問題は下層階級や人種差別の問題と深く関連付けられてきた。「病気」という理解が普及してからもなお、白人の依存症は治療的に扱われ、黒人のそれは高い確率で犯罪として処遇される。ここに拍車を掛けたのが、連邦麻薬局の初代局長、ハリー・アンスリンガーが主導した厳罰主義である。厳罰主義の問題は、依存症当事者のスティグマを強化し孤立させることで、再発のリスクを高める点にあるとされている。それゆえ再発を繰り返す依存症者ともつながりを維持するようなハームリダクションの思想が、現在は主流になりつつある。このあたりの詳細については、監訳者である松本俊彦の著作『薬物依存症』(ちくま新書)や共著『ハームリダクションとは何か』(中外医学社)などを併せて読むことで、よりすっきりした見通しを持つことが可能になると考える。
依存症と人類――われわれはアルコール・薬物と共存できるのか / カール・エリック・フィッシャー
依存症と人類――われわれはアルコール・薬物と共存できるのか
  • 著者:カール・エリック・フィッシャー
  • 翻訳:小田嶋 由美子,松本 俊彦(監訳)
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(456ページ)
  • 発売日:2023-04-12
  • ISBN-10:4622096021
  • ISBN-13:978-4622096023
内容紹介:
ある時代には酒や薬物に耽溺することは「堕落」と見なされ、ある時代には「下級階層の流行病」と見なされた。またある時代には、たとえ同じ薬物でも、特定のコミュニティで使用すれば「医療」… もっと読む
ある時代には酒や薬物に耽溺することは「堕落」と見なされ、ある時代には「下級階層の流行病」と見なされた。またある時代には、たとえ同じ薬物でも、特定のコミュニティで使用すれば「医療」だが、別のコミュニティに属する者が使用すれば「犯罪」と見なされた。
アルコール依存症から回復した精神科医が本書に描くのは、依存症の歴史であり、その概念の歴史である。自身や患者の体験、過去の有名無名の人々のエピソードに加え、医学や科学のみならず、文学、宗教、哲学にまで踏み込んだ豊饒な歴史叙述によって、依存性薬物と人類の宿命的な繋がりが浮かび上がってくる。
依存症は「病気」なのか? それとも、差別や疎外に苦しむ者に刻印されたスティグマなのか――? 圧倒的な筆力で依存症をめぐるさまざまな神話を解体し、挫折と失敗に彩られた人類の依存症対策史をも詳らかにする。

「本書は、米国のみならず、国際的な薬物政策に大きな影響を及ぼす一冊となりうる力を備えている。その意味で、依存症の治療・支援はもとより、政策の企画・立案、さらには啓発や報道にかかわる者すべてにとっての必読書であると断言したい」(松本俊彦「解題」より)


目次

イントロダクション
著者はしがき

第I部 名前を探して
第1章 出発点――「依存症」以前
第2章 エピデミック
第3章 意志の病い

第II部 不節制の時代
第4章 憑依
第5章 アメリカ初のオピオイド・エピデミック
第6章 ジャンキー

第III部 現代の依存症のルーツ
第7章 近代アルコホリズム運動
第8章 よい薬物、悪い薬物

第IV部 試される依存症
第9章 リハビリテーション
第10章 ゼロ・トレランス
第11章 依存症を理解する

結論 回復

謝辞
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原註
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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年6月10日

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