書評

『円の抗争: 「ガイアツ」依存国家の陥穽』(時事通信社)

  • 2024/06/17
円の抗争: 「ガイアツ」依存国家の陥穽 / ロバート・C・エンゼル
円の抗争: 「ガイアツ」依存国家の陥穽
  • 著者:ロバート・C・エンゼル
  • 翻訳:安藤 博,江良 真理子
  • 出版社:時事通信社
  • 装丁:単行本(335ページ)
  • 発売日:1993-03-01
  • ISBN-10:4788793067
  • ISBN-13:978-4788793064

日本的政策システムの欠陥

一ドル=三六〇円のレートに固定されていた時代があった。それは戦後復興・高度成長の時期を通じて二十二年間も続いた。「ニクソン・ショック」と称される国際化への最初の対応を迫られた円切り上げの政策決定過程について、著者は実証的な考証を行いつつ、日本の対応のまずさをとことんまで追究する。実はこの問題については、すでに当事者の回想録や日本人のノンフィクションライターの手になる作品がある。

これらに対して、本書は次のような特色をもつ。すなわち著者は、学究の徒として円切り上げ直後からこの研究を開始し、それからしばらく現実に日米関係の実務的な仕事に就き、今日まで二十年近くの日本の政策決定過程をつぶさに観察した上で、本書を世に問うている。当然のことながら、湾岸問題をめぐる日本の対応がオーバーラップされる。なぜ日本は政策の大胆な変更ができないのか。どうして日本は、政策変更のできない決定の仕組みを変えないのか。こうした著者のいらだちを随所に反映させながらも、訳文の筆致は抑制的であると言ってよい。

水田三喜男、柏木雄介、鳩山威一郎ら大蔵省幹部に対するインタビューを効果的に使いながら、円切り上げの問題領域が日本経済全体の危機という包括的な次元にまで拡大拡散すればするほど、逆に政策決定者は一部の国際通貨官僚群へと狭められていくプロセスを鮮やかに描き出す。しかも彼等がプロフェッショナルとしての誇りと意地から、ますます専門に特化し視野を限定していけば、そこから主体的な政策変更という発想はまったく出てこなくなる。むしろ円の現状維持こそが、うむを言わさぬ彼等の職務への忠誠の証となるわけだ。

このような分析を通して、特定個人の責任論に陥ることなく、日本の政策決定過程の構造的欠陥と保守性が浮かび上がってくる。はたして日本はこの欠陥を克服できるだろうか。
円の抗争: 「ガイアツ」依存国家の陥穽 / ロバート・C・エンゼル
円の抗争: 「ガイアツ」依存国家の陥穽
  • 著者:ロバート・C・エンゼル
  • 翻訳:安藤 博,江良 真理子
  • 出版社:時事通信社
  • 装丁:単行本(335ページ)
  • 発売日:1993-03-01
  • ISBN-10:4788793067
  • ISBN-13:978-4788793064

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1993年5月10日

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