書評

『頼山陽──詩魂と史眼』(岩波書店)

  • 2024/10/07
頼山陽──詩魂と史眼 / 揖斐 高
頼山陽──詩魂と史眼
  • 著者:揖斐 高
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(304ページ)
  • 発売日:2024-05-21
  • ISBN-10:400432016X
  • ISBN-13:978-4004320166
内容紹介:
頼山陽の『日本外史』は、歴史に生きる人間の姿を鮮やかに描き出すことで多くの人々を魅了し、後世に多大な影響を与えた。山陽の詩人としてのあり方と、歴史叙述の方法とはどのように結びついていたのか。詩人の魂と歴史家の眼を兼ね備えた不世出の文人の生涯を、江戸後期の文事と時代状況のなかに活写する画期的評伝。

生涯在野の儒学者、その姿を描きだす

頼山陽『日本外史』は幕末維新のベストセラー。武家政権の興亡を儒学の観点で描く歴史書だ。格調高い漢文で、地名人名や武将の発言はあえて日本語風。躍動する文章で尊皇思想を宣揚した。

歴史書のお手本は司馬遷の『史記』。本書はそれに倣って紀伝体だ。ただし主役は皇帝でも天皇でもなく、幕府を開いた武将らだ。源氏正記の前後記に平氏、北条氏を、徳川氏正記の前記に織田氏、豊臣氏を配する。新田氏の正記も立てたのが目をひく。徳川家康が新田氏の末裔なのを配慮した。中国の正史の形を借りて武家の政権交代を描く破格の歴史書だ。

そもそも頼山陽は、一個人なのになぜ歴史書を執筆したのか。

頼山陽は一七八○年大坂の生まれ。父の春水(しゅんすい)は町人で、私塾で朱子学を教えていた。その父が広島藩に儒者として召し抱えられ、一家は広島に移った。山陽は聡明で幼いうちから漢詩を詠み、でも病弱で精神が不安定だった。遊興に溺れた。嫁がいれば直るかと結婚させたがなおダメ。無断で京都に出奔した。脱藩は重罪だ。連れ戻して座敷牢に三年幽閉し、廃嫡し身重の嫁とも離縁にした。狂気ならと無罪になった。山陽は反省して、父の宿願だった歴史書を自分が書いて償おうと心に誓った。

まず参照すべきは北畠親房『神皇正統記』。朱子学の正統論で天皇歴代を考察している。林羅山らの『本朝通鑑』。新井白石『読史余論(とくしよろん)』。栗山潜鋒(せんぽう)『保建大記』。これらを踏まえ、歴史の動因を考える。人間に左右できない「勢」と人間が捉えるべき「機」との組み合わせでは。この着眼を、具体的な事例によって磨いていく。

武家政権は中国になくて日本独特。どう論ずるか。武士は武力をもつ。本来分権的で抗争する。その主従関係が強固に安定すると社会は安定し、綻(ほころ)ぶと世が乱れる。ポイントは武士が天皇を尊び服従することだ。中国の「天-皇帝」の関係と日本の「天皇-将軍」の関係はよく似ている。ならば朱子学の原則を日本に適用できる。武家政権の興亡を、尊皇思想を補助線に読み解くことができる。

『日本外史』は山陽の没後に出版された。たちまち評判となり、中国でも出版された。武士の漢文の学力は大したものだった。

山陽は生涯在野の知識人で、塾で門人を教え、地方を旅して指導料を稼いだ。そうして生活を支えながら、歴史を学び漢詩に遊んだが、書画骨董にも目がなかった。知人が三五両で購入した山水画が欲しくなり、懐から三五両を投げ出し強奪しようとして騒動になった。性格が子どもっぽく、よくトラブルを起こしては恨まれた。

それでも山陽の才能は隠れもない。『日本外史』に続き『通議』『日本政記』を執筆した。前者は歴史を考察する原理論と、官制・民政・法律・兵制などを論ずる経世論だ。晩年病の床でも最期まで原稿に手を入れ続けたという。

頼山陽をどう評価すべきか。

誰もが尊皇であるべきだと『日本外史』は説いた。明治維新の導火線になった。だから戦前は、評価が高かった。戦後はその反動でパスされてきた。著者・揖斐氏は近世文学が専門。たまたま若き山陽の紀行文『東遊漫録』の出版に関わり、以来研究してきた。本書は小ぶりな新書だが、山陽の多彩な全体像を巧みに描きだす。旧来の素材に新風を吹き込む好著だ。
頼山陽──詩魂と史眼 / 揖斐 高
頼山陽──詩魂と史眼
  • 著者:揖斐 高
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(304ページ)
  • 発売日:2024-05-21
  • ISBN-10:400432016X
  • ISBN-13:978-4004320166
内容紹介:
頼山陽の『日本外史』は、歴史に生きる人間の姿を鮮やかに描き出すことで多くの人々を魅了し、後世に多大な影響を与えた。山陽の詩人としてのあり方と、歴史叙述の方法とはどのように結びついていたのか。詩人の魂と歴史家の眼を兼ね備えた不世出の文人の生涯を、江戸後期の文事と時代状況のなかに活写する画期的評伝。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年7月13日

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