書評

『古代ローマの女性たち』(白水社)

  • 2017/07/01
古代ローマの女性たち  / ギイ・アシャール
古代ローマの女性たち
  • 著者:ギイ・アシャール
  • 翻訳:西村 昌洋
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(170ページ)
  • 発売日:2016-05-20
  • ISBN-10:4560510059
  • ISBN-13:978-4560510056
内容紹介:
王政期から帝政前期までの政治体制や社会の変化と関連づけながら、その時代を生きた女性の地位やあり方を描きだす。

領土的拡大により地位が劇的に変化

シャルル・フーリエは『四運動の理論』で最良の国民とは最高の自由を女に与えている国民であり、最悪の国民とは女を奴隷化する国民であるとしたが、これが真実だとすると、古代ローマとくに黎明(れいめい)期の王政ローマは最悪の国ということになる。

というのも、本書によれば、初期ローマにおいては、家父長権によって、娘は奴隷と同じように「所有の対象」であり、父親から夫へと契約に基づいて「売買」され、「不履行の場合には法廷で損害額を査定し、かつ一般的には補償金の見積りをすることになった」からだ。

とくに平民の間で結婚は所有権売買婚や用益権売買婚という形式を取った。後者の場合、娘の所有権は一年後に父から夫に移る。女性の権利は法律上皆無で、遺産を相続すること遺贈することもできなかった。

「結婚は夫の家から新たな核家族を生み出すのではなく、家の内部に新たな構成要素ができるだけ」だったし、「男に本当の権能(ポテスタス)を与えるのは父親の死去であって結婚ではない」から、初期ローマは家族人類学でいう外婚制共同体家族(結婚した男子全員が親と同居するタイプ)だったのである。

女性の初婚年齢は非常に低く、花嫁は十二歳。花婿は二十歳が平均。婚約者は互いに相手を知らず、恋愛感情など働く余地はなく、結婚は階層内での釣り合いの取れた縁組だった。

こうした初婚年齢の低さは女性を幼いままに押しとどめ、夫に対して従順にした。性生活はどうだったのかというと「往々にして情欲(リビド)は抑圧された」。女性の美しさや恋情は危険視され、女性が快楽を覚えるのは妊娠に有害だとされた。愛と快楽は情婦の役割であり、妻を情婦のように扱う夫は批判の対象となった。

それでは、江戸時代の日本のように「女の腹は借り腹」だったのかというと、これがまったく逆である。ローマでは、氏族の血を引く女性から生まれたことが非常に重要だったし、「血筋の再生産のために、そして家父長制的な規範それ自体の再生産のためにも」、主婦はマトローナ(奥方)と呼ばれて尊重されたのである。ただし子供ができた場合だけで「子を産む能力のない女はほとんど何の敬意にも値しなかった」。

では、なにゆえに早婚が奨励され、子供を産む主婦が尊重されたかといえば、ローマの領土拡大にはより多くの戦士が必要で、多産が望まれたからである。

だが、逆説的なことに領土的拡大による富裕化と外国の風習の移入が女性の地位を劇的に変化させることになる。「戦争捕虜である女の奴隷がどっと到来した。この大量流入は婦人にとっては労働の負担の軽減になった」

富裕化により持参金制度が確立し、女性は財産を得て遺産も受け取れるようになった。離婚も可能になり、出産調整が進んで、子供は少なくなって、女性は徐々に解放されてゆく。やがて、リウィアやメッサリナ、アグリッピナ、ポッパエアといった、権力を求めて帝国を大混乱に陥れるような「放埒(ほうらつ)な女」たちが登場してくるのである。帝政末期には、ストア主義の影響で結婚自体が財産婚から愛と誠実の結婚へと変化し少子化が問題となる。

もし、ローマのこうした女性の変化が普遍的ならば、いずれアラブ世界やインドの女性もローマの女性と同じような道筋を辿(たど)って解放へと向かってゆくのだろうか?

女性の歴史であると同時に未来予測としても読める本。(西村昌洋訳)
古代ローマの女性たち  / ギイ・アシャール
古代ローマの女性たち
  • 著者:ギイ・アシャール
  • 翻訳:西村 昌洋
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(170ページ)
  • 発売日:2016-05-20
  • ISBN-10:4560510059
  • ISBN-13:978-4560510056
内容紹介:
王政期から帝政前期までの政治体制や社会の変化と関連づけながら、その時代を生きた女性の地位やあり方を描きだす。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年7月3日

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