書評

『ポール・ヴァレリー 1871‐1945』(法政大学出版局)

  • 2017/08/29
ポール・ヴァレリー 1871‐1945  / ドニ・ベルトレ
ポール・ヴァレリー 1871‐1945
  • 著者:ドニ・ベルトレ
  • 翻訳:松田 浩則
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(794ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4588009028
  • ISBN-13:978-4588009020
内容紹介:
世紀末の象徴派詩人から、危機の時代の文明批評家へ。ことばの魔(デーモン)の化身たるポール・ヴァレリーは、いかに20世紀フランスで最も名高き文学的偶像となったのか。故郷南仏での知的覚醒から、パリ文学界での交友関係、女性たちとの情愛遍歴、国際情勢への参与をふくめ、精神の詩人の生身の全体像を初めて詳細に描き出した決定版評伝。邦訳版オリジナルとして、詳細な人名解説・口絵を付す。

官能的な肉体に宿った自省的知性

戦前から戦後にかけてのフランス文学ファンには小林秀雄経由が多かったが、そのコースは『地獄の一季節』からランボーに行く感覚派と、『テスト氏』からヴァレリーに行く知性派とに分かれていた。どちらかといえばヴァレリー派だった私は大学三年のとき清水徹講師による「『若きパルク』演習」でフランス語の原文に接し、禁欲的なテスト氏の脳髄から出たとは考えられない豊饒(ほうじょう)な官能性に驚いた。

地獄の季節  / ランボオ
地獄の季節
  • 著者:ランボオ
  • 翻訳:小林 秀雄
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(123ページ)
  • 発売日:1970-09-01
  • ISBN-10:4003255216
  • ISBN-13:978-4003255216
内容紹介:
16歳にして第一級の詩をうみだし、数年のうちに他の文学者の一生にも比すべき文学的燃焼をなしとげて彗星のごとく消え去った詩人ランボオ(1854‐91)。ヴェルレーヌが「非凡な心理的自伝」と評した散文詩『地獄の季節』は彼が文学にたたきつけた絶縁状であり、若き天才の圧縮された文学的生涯のすべてがここに結晶している。

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ムッシュー・テスト  / ポール・ヴァレリー
ムッシュー・テスト
  • 著者:ポール・ヴァレリー
  • 翻訳:清水 徹
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(196ページ)
  • 発売日:2004-04-16
  • ISBN-10:4003256034
  • ISBN-13:978-4003256039
内容紹介:
若き日の内的危機から構想された「ムッシュー・テストと劇場で」。作者の分身エドモン・テストを巡る思索は生前、手紙・日記など5篇刊行されたが、特異な連作小説は生涯書きつがれた。瞬間の思考をいかに捉え、分析し記述するか。自己と向き合う鏡の如き装置=小説を通じて強靱な頭脳は何をなしたか。唯一の小説集を決定版新訳で。

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若きパルク/魅惑 改訂版 / P.ヴァレリー
若きパルク/魅惑 改訂版
  • 著者:P.ヴァレリー
  • 翻訳:中井 久夫
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2003-12-20
  • ISBN-10:4622070707
  • ISBN-13:978-4622070702
内容紹介:
本書は1995年に刊行された同書豪華版の改訂普及版である。20世紀を代表するヴァレリーの二詩集の新訳に「セミラミスのアリア」を付し、専門研究者でもなしえない膨大な注釈群に、今回また、大幅な追加がなされた。研究者、中井ファンへの贈り物の書である。

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決定版評伝と銘打たれた本書の主眼もこの「官能的なヴァレリー」の復権にある。

ポール・ヴァレリーは一八七一年、地中海の港町セットでコルシカ出身の税関吏の次男として生まれた。母親はイタリア領事ジュリオ・グラッシの娘で「ポールが子どもの頃(ころ)、家のなかではあまりフランス語は使われなかった」。ヴァレリーは両親を介してイタリアにつながる地中海人なのだ。モンペリエのリセに進学する頃から内面への沈潜が始まり、「帰宅するやいなや、がむしゃらに読書の世界に没入する」。こうした地中海的官能性と内面への沈潜という対立はモンペリエ大学に進んでも変わらない。

転機は、休暇を得て兵役から戻り、一八九〇年五月二六日にモンペリエ大学創設六百周年の祝宴に出席したときに訪れる。パリからやってきた一人の青年とカフェで話をしているうちに意気投合、長らく捜し求めていたアルテル・エゴ(もう一人の自分)に出会ったと感じる。青年は早熟な詩人ピエール・ルイスだった。ヴァレリーは後にルイスとの出会いを生涯最大の事件と見なすに至る。やがてルイスを介してアンドレ・ジッドと知りあい生涯の友情を結んだヴァレリーはパリに上り、マラルメの火曜会に加わって象徴派詩人の仲間入りを果たすが、突如、危機に見舞われる。モンペリエの街中ですれ違ったロヴィラ夫人の幻影が強迫観念になり、詩作が不可能になったのだ。

だが、一八九二年十月、ジェノヴァ滞在中の一夜、文学史でランボーの詩作放棄にも比せられる非宗教的な回心が訪れる。ヴァレリーは己の中の官能性と詩人を強く抑圧し、「自分自身に対して透明な存在になった」のだ。ヴァレリーの精神は安定し、『ムッシュー・テストと劇場で(テスト氏)』が生まれる。以後、ヴァレリーは早朝にノート(カイエ)に想念を書きつける以外、文学的活動のほとんどを放棄し、長い沈黙に入る。職業的安定と結婚は、会話好きな社交界人士にして善き家庭の父ヴァレリーを誕生させる。

しかし、一九一二年、ガリマールから詩集の出版を懇請され、自作の詩を手直ししているとき、「突然、アレクサンドランの一行が湧(わ)いてくる。『そこで泣いているのはだれ、こんな時刻、一陣の風でないとしたら?』。彼の栄光を作ることになる『若きパルク』の第一行目が、そっくりそのまま、あらゆる思惑から解放されたところから湧き出てきた」。

かくして、詩人として蘇(よみがえ)ったヴァレリーが『若きパルク』草稿の批評を請うたのは、いまは尾羽打ち枯らしていたピエール・ルイスだった。ルイスの繊細で厳密な批評眼は「ヴァレリーに欠けていた土台を提供してくれる」。

二〇世紀で最も鋭敏で自省的な知性が官能的な地中海人の肉体に宿るというパラドックス。最晩年でも愛人をつくり、常に多くの女性に支えられて生きたヴァレリーとは、まさに「正」と「反」が「合」を生む弁証法的な存在であり、純粋知性だけのテスト氏では決してなかったのである。(松田浩則・訳)

【新版】
ポール・ヴァレリー 〈新装版〉: 1871-1945  / ドニ・ベルトレ
ポール・ヴァレリー 〈新装版〉: 1871-1945
  • 著者:ドニ・ベルトレ
  • 翻訳:松田 浩則
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(794ページ)
  • 発売日:2015-05-22
  • ISBN-10:4588140140
  • ISBN-13:978-4588140143
内容紹介:
世紀末の象徴派詩人にして、危機の時代の文明批評家。20世紀フランスで最も高名な文学者の生身の全体像を初めて描いた決定版評伝

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ポール・ヴァレリー 1871‐1945  / ドニ・ベルトレ
ポール・ヴァレリー 1871‐1945
  • 著者:ドニ・ベルトレ
  • 翻訳:松田 浩則
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(794ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4588009028
  • ISBN-13:978-4588009020
内容紹介:
世紀末の象徴派詩人から、危機の時代の文明批評家へ。ことばの魔(デーモン)の化身たるポール・ヴァレリーは、いかに20世紀フランスで最も名高き文学的偶像となったのか。故郷南仏での知的覚醒から、パリ文学界での交友関係、女性たちとの情愛遍歴、国際情勢への参与をふくめ、精神の詩人の生身の全体像を初めて詳細に描き出した決定版評伝。邦訳版オリジナルとして、詳細な人名解説・口絵を付す。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2009年3月15日

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