書評
『情熱の階段 日本人闘牛士、たった一人の挑戦』(講談社)
生と死のはざまの体験記
本書は、途方もない大夢を抱き、しかもそれをみごとに実現した、ある日本人闘牛士の苦闘の物語である。著者は、闘牛士になるという固い決意のもと、裸一貫スペインへ渡る。ゼロから出発して、何度も挫折を繰り返しながら、ついに日本人として最高の、ノビジェロ・コン・ピカドール(最高位の一歩手前)にまで、昇り詰める(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2012年)。
まさに、努力と執念なくしては実現しえない、生と死のはざまの体験記だ。闘牛に関する本は、ヘミングウェイや佐伯泰英など、多くの作家や研究者が書いている。しかし、現役の闘牛士が体験を綴った本は、日本語ではおそらくこれが初めてで、その臨場感には圧倒される。好きだから、と口で言うのはたやすいが、ここまで徹底してやり抜く人は、そうはいないだろう。
「闘牛士と牛の闘いなど、存在しない。牛は、闘牛士の創り出す作品の、素材にすぎない」。この、よくも悪くも冷徹な悟りが、闘牛の本質をよく表している。
朝日新聞 2012年5月20日
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