書評
『LOVE』(祥伝社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
わたしは知らない。ユウタという名のその小学生を見つけたかったら、猫界の最終兵器/白猫ハイアンを探せばいいことを。
わたしは知らない。ユウタに勝負を挑むため、わざわざ東京に乗り込んできた、猫にしか聞こえないブルースの口笛を吹く中年女・礼山礼子を。
わたしは知らない。愛機にまたがり、脳内に自転車用の地図を〈描く速度の少年〉ジャキを。
わたしは知らない。都バスのフリーカードを持ち、都バスの路線の系統で東京の地図を描く身長一六ニセンチの十一歳の少女、トバスコ/都バス子/飛ばす子を。
わたしは知らない。二〇〇一年に勃発した「港区・ウサ猫戦争」のことを。
わたしは知らない。「新・ウサ猫戦争」勃発の予感に慄えるウサギ管理委員会の委員長、十一歳のシュガーを。
わたしは知らない。移動キッチンを背負って東京を歩き回り、ブルーな気分の人々を見つけては美味しい食事を提供する、さすらいの料理人がいることを。
わたしは知らない。さすらいの料理人の美食に癒された瀕死の猫・虎夫がいたことを。
わたしは知らない。品川区の自然教育園周辺で、チンピラと組織のスラップスティックな抗争劇が起こったことを。
わたしは知らない。元大田区番長の巨漢の高校生が、偶然獲得した匂いを色で識別する異能を駆使して、意図せぬまま一流のキャッター/猫地図を描く者に成長し、キャッターズ界の天下統一の野望に燃えているのを。
遍在するのが不可能なわたしたちは、自分の存在する”今・此処”しか知覚することができない。つまり、“今・此処”以外については何も知らないのも同然なのだ。二十人ものキャラクターを登場させ、その行動を特定の語り手の声で描写するという手法を駆使した古川日出男の『LOVE』は、視点を遍在化させることで、都市を”今・此処”のくびきから解き放ち、多層的に描き出すのに成功している。村上春樹が『アフターダーク』(講談社文庫)で似た手法を採っているけれど、カメラ視点の春樹作品と比べ、人物視点の古川作品のほうがずっと私的で、ずっと感情的で、ずっと親密だ。というわけで、わたしは知っている。少なくとも、わたしの“今・此処”においては、古川日出男は村上春樹よりずっと面白い存在だということを。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
視点の偏在化が都市を“今・此処”のくびきから解き放つ
わたしは知らない。目黒川と目黒通り、首都高速2号目黒線にはさまれた広大な範囲を縄張りとし、地域に何匹の猫が生息しているかカウントしている小学生がいることを。わたしは知らない。ユウタという名のその小学生を見つけたかったら、猫界の最終兵器/白猫ハイアンを探せばいいことを。
わたしは知らない。ユウタに勝負を挑むため、わざわざ東京に乗り込んできた、猫にしか聞こえないブルースの口笛を吹く中年女・礼山礼子を。
わたしは知らない。愛機にまたがり、脳内に自転車用の地図を〈描く速度の少年〉ジャキを。
わたしは知らない。都バスのフリーカードを持ち、都バスの路線の系統で東京の地図を描く身長一六ニセンチの十一歳の少女、トバスコ/都バス子/飛ばす子を。
わたしは知らない。二〇〇一年に勃発した「港区・ウサ猫戦争」のことを。
わたしは知らない。「新・ウサ猫戦争」勃発の予感に慄えるウサギ管理委員会の委員長、十一歳のシュガーを。
わたしは知らない。移動キッチンを背負って東京を歩き回り、ブルーな気分の人々を見つけては美味しい食事を提供する、さすらいの料理人がいることを。
わたしは知らない。さすらいの料理人の美食に癒された瀕死の猫・虎夫がいたことを。
わたしは知らない。品川区の自然教育園周辺で、チンピラと組織のスラップスティックな抗争劇が起こったことを。
わたしは知らない。元大田区番長の巨漢の高校生が、偶然獲得した匂いを色で識別する異能を駆使して、意図せぬまま一流のキャッター/猫地図を描く者に成長し、キャッターズ界の天下統一の野望に燃えているのを。
遍在するのが不可能なわたしたちは、自分の存在する”今・此処”しか知覚することができない。つまり、“今・此処”以外については何も知らないのも同然なのだ。二十人ものキャラクターを登場させ、その行動を特定の語り手の声で描写するという手法を駆使した古川日出男の『LOVE』は、視点を遍在化させることで、都市を”今・此処”のくびきから解き放ち、多層的に描き出すのに成功している。村上春樹が『アフターダーク』(講談社文庫)で似た手法を採っているけれど、カメラ視点の春樹作品と比べ、人物視点の古川作品のほうがずっと私的で、ずっと感情的で、ずっと親密だ。というわけで、わたしは知っている。少なくとも、わたしの“今・此処”においては、古川日出男は村上春樹よりずっと面白い存在だということを。
【文庫版】
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