書評

『中世の秋』(中央公論新社)

  • 2017/11/16
中世の秋 / ホイジンガ
中世の秋
  • 著者:ホイジンガ
  • 翻訳:堀越 孝一
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(389ページ)
  • 発売日:1976-09-10
  • ISBN-10:4122003725
  • ISBN-13:978-4122003729
内容紹介:
本書は、フランスとネーデルランドにおける14,5世紀の生活と思考の諸形態についての研究である。
ヨハン・ホイジンガの『中世の秋』を初めて読んだのは何時(いつ)か、はっきりした記憶はない。ただ、生産力と生産関係の矛盾と確執を歴史の唯一の運動法則と見る歴史観に疑問を感じるようになってからだいぶたってのことであるから、一九六〇年以後、七〇年代の初めの間に違いない。というのは、六〇年の安保反対闘争のなかで、それまでの革新思想にも、また新しく生まれた新左翼理論にも多くの留保条件を付けずにはいられなかった僕は、何とかして新しいものの考え方に目を開きたいと暗中模索の状態で毎日を過ごしていた。

書店で題名にひかれて手に取り、「中世末期の人間の皮相浅薄、でたらめ、軽信に絶えず示されている独特の軽佻(けいちょう)浮薄(ふはく)さは結局どう考えるべきものだろう。彼(かれら)等は屢々(しばしば)真の思考というものを全然必要としない様だし」という箇所(かしょ)を見た時、僕はこの著作の中に、安保闘争以後、所得倍増論へと見事に収斂(しゅうれん)されてしまった〝世論〟の本質を指摘する目がしまわれているに違いないと思ったのであった。その意味で僕の興味の持ち方は、この著作に対する学究の徒らしい真摯(しんし)さに欠けていたのだが、家に帰って読み始めると、第二章「美しい生活へのあこがれ」は、「いつの時代も一層美しい世界へと憧(あこが)れるものである。混乱した現在への絶望と苦痛が深まるほど、ますますその憧れは激しい。中世末期には生活の基調はきびしい憂鬱(ゆううつ)であった」という言葉で始まっていた。

読み進めるにつれて彼の歴史についての考え方が伝わってきた。彼は再三、歴史は単なる知識であってはならず、個人的な精神生活の中にそれを理解する基盤がなければならない、という意昧のことを説いている。この『中世の秋』は高度成長へと浮かれる中に暮らし、それを促進する立場にいて孤立感をひそかに深めていた当時の僕にとって、厳しく反省を迫りながらも、心を癒やしてくれる歴史書なのであった。

【この書評が収録されている書籍】
辻井喬書評集 かたわらには、いつも本 / 辻井喬
辻井喬書評集 かたわらには、いつも本
  • 著者:辻井喬
  • 出版社:勉誠出版
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2009-07-21
  • ISBN-10:4585055010
  • ISBN-13:978-4585055013
内容紹介:
作家・辻井喬の読んだ国内外あらゆるジャンルの書籍を紹介する充実のブックガイド。練達の読み手がさそう至福の読書案内。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

中世の秋 / ホイジンガ
中世の秋
  • 著者:ホイジンガ
  • 翻訳:堀越 孝一
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(389ページ)
  • 発売日:1976-09-10
  • ISBN-10:4122003725
  • ISBN-13:978-4122003729
内容紹介:
本書は、フランスとネーデルランドにおける14,5世紀の生活と思考の諸形態についての研究である。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2008年9月28日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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