書評
『プラハの墓地』(東京創元社)
処女作『薔薇の名前』から30年、本書はイタリアの作家ウンベルト・エーコの6作目となる傑作長編小説である。冒頭から、19世紀の社会風俗とともに胡散(うさん)臭い路地裏の描写が続き、そのいわくありげな様子を知りたくてページをめくる指に力が入り、そこですでに作家の術中にはまっていることを思い知らされる。
主人公のシモニーニは幼い頃より祖父から反ユダヤ的感情を教えこまれ、祖父の死後、文書偽造に才があることに気づき、頼まれるまま書簡から文書にいたるまで巧妙に捏造(ねつぞう)していく。そのうち、当局の目にとまり、歴史の中心へと引きずり込まれていく。やがてスパイとしてフランスへ送られ、私欲のために殺人まで犯す。
そんな彼をつぶさに観察している神父がいる。この神父とシモニーニが日記上でおこなうやりとりと、それを後に検証する「語り手」によって物語は進んでいく。
エーコは彼を、ユダヤ人を陥れるためにユダヤ教の12人のラビが世界征服を目論(もくろ)んでいることを告発した『シオン賢者の議定書(プロトコル)』を書き上げた本人として描く。この偽書は実際に存在し、ヒトラーがホロコーストを実行するためのよりどころにしたともいわれている。
多層を成す物語の構造、博学に支えられた歴史へのアプローチ、旺盛な批判精神、美食の数々、実名で登場して人間的弱さを露呈していく作家や科学者の描写など、本書の魅力は枚挙にいとまがない。しかも作家が収集したさまざまな挿画が色を添えている。
訳者あとがきに、エーコが本書で目指したのは「虚構(フイクション)の影響力に対して物語(フイクション)の力で対抗すること」とある。その力は強烈だ。このような稀有(けう)な作品を読めるのはなんとも幸せなことだが、この偉大な作家が故人であることを思うと残念でならない。
主人公のシモニーニは幼い頃より祖父から反ユダヤ的感情を教えこまれ、祖父の死後、文書偽造に才があることに気づき、頼まれるまま書簡から文書にいたるまで巧妙に捏造(ねつぞう)していく。そのうち、当局の目にとまり、歴史の中心へと引きずり込まれていく。やがてスパイとしてフランスへ送られ、私欲のために殺人まで犯す。
そんな彼をつぶさに観察している神父がいる。この神父とシモニーニが日記上でおこなうやりとりと、それを後に検証する「語り手」によって物語は進んでいく。
エーコは彼を、ユダヤ人を陥れるためにユダヤ教の12人のラビが世界征服を目論(もくろ)んでいることを告発した『シオン賢者の議定書(プロトコル)』を書き上げた本人として描く。この偽書は実際に存在し、ヒトラーがホロコーストを実行するためのよりどころにしたともいわれている。
多層を成す物語の構造、博学に支えられた歴史へのアプローチ、旺盛な批判精神、美食の数々、実名で登場して人間的弱さを露呈していく作家や科学者の描写など、本書の魅力は枚挙にいとまがない。しかも作家が収集したさまざまな挿画が色を添えている。
訳者あとがきに、エーコが本書で目指したのは「虚構(フイクション)の影響力に対して物語(フイクション)の力で対抗すること」とある。その力は強烈だ。このような稀有(けう)な作品を読めるのはなんとも幸せなことだが、この偉大な作家が故人であることを思うと残念でならない。
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