書評

『明治維新とイギリス商人―トマス・グラバーの生涯』(岩波書店)

  • 2017/12/04
明治維新とイギリス商人―トマス・グラバーの生涯  / 杉山 伸也
明治維新とイギリス商人―トマス・グラバーの生涯
  • 著者:杉山 伸也
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(224ページ)
  • 発売日:1993-07-20
  • ISBN:4004302900
内容紹介:
長崎・グラバー邸で名高いトマス・グラバー。その生涯は、薩長の黒幕、死の商人という神話に覆われている。スコットランドをあとに幕末日本を訪れ転換期に活躍した商人の実像や、炭鉱開発を進める企業家の姿などの多面的な相貌を初めて明らかにし、激動の時代を生きぬく一商人の姿と、幕末維新期の日本に果たした役割とを重層的にとらえる。

正しいグラバーの姿がここにある

長崎のグラバー邸といえば知らない人もないと思う。修学旅行で見学すると、ガイド嬢から、「幕末の動乱期にここの屋根裏部屋に坂本竜馬がかくまわれていた」などと聞かされる。この家の主人であった英人トマス・グラバーについては、薩長陣営に大量の武器を売り幕府崩壊に功績があったとか、さまざまな話が伝えられているが、しかしそれらの話のほとんどはグラバー本人の後年の回想に基づいており、ちゃんとした資料によるものではなかった。なんせグラバーが活躍したのは明治維新前後の動乱の十年間だから、日本側に資料は残りづらいのである。

しかしさいわい、グラバーのバックにいた大英帝国の総合商社ジャーディン・マセソン商会の大量の資料がケンブリッジ大学にそのまま保管されている。維新史ファンの私としては、誰かあれをひもといて正しいグラバー像を描いてくれないものかと頼っていたが、このたび満たされた。杉山伸也著の『明治維新とイギリス商人』(岩波新書)。

まず、生まれたところもこれまでの伝は間違いで、正しくはスコットランドの鰊(にしん)の漁師町フレイザーバラだという。また、薩長に武器を売り込んで幕府を倒したという彼の生涯のハイライトも正確ではなく、慶応元年には幕府に最新鋭のアームストロング砲三十五門と砲弾十万個強を売り込んでいる。ちなみに直後に長州に売り込んだアームストロング砲は十五門にすぎない。ところが、幕府用の三十五門が長崎に届いてグラバー商会の倉庫に納まったちょうどその時に徳川慶喜追討令が発せられ、受取人の長崎奉行が逃げ出してしまい、なんとグラバーはそれを薩長陣営に回してしまう。維新の戦争の折、幕府軍をさんざん苦しめたかのアームストロング砲の筒先は、本当なら薩長側に向けて火を吐いたはずだった。

著者は経済史家だけれども、これからも経済史にとどまらず人物や歴史一般にも経済史の光を当てていっていただきたい。

【この書評が収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN:4794964765
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

明治維新とイギリス商人―トマス・グラバーの生涯  / 杉山 伸也
明治維新とイギリス商人―トマス・グラバーの生涯
  • 著者:杉山 伸也
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(224ページ)
  • 発売日:1993-07-20
  • ISBN:4004302900
内容紹介:
長崎・グラバー邸で名高いトマス・グラバー。その生涯は、薩長の黒幕、死の商人という神話に覆われている。スコットランドをあとに幕末日本を訪れ転換期に活躍した商人の実像や、炭鉱開発を進める企業家の姿などの多面的な相貌を初めて明らかにし、激動の時代を生きぬく一商人の姿と、幕末維新期の日本に果たした役割とを重層的にとらえる。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1990年4月~1993年8月

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