書評

『神聖受胎』(河出書房新社)

  • 2017/12/14
神聖受胎 (河出文庫) / 澁澤 龍彦
神聖受胎 (河出文庫)
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(267ページ)
  • 発売日:2017-07-17
  • ISBN:4309415504

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

少年時代のある時期に植物採集や昆虫採集に熱中する。夏休みの宿題に標本を作って提出することという一条があると、他のことは何をしなくても一個の手のこんだ見事な標本を教師の手にわたす。おぼえがあるだろう、一人や二人、そういう少年が級(クラス)がなかにいたものである。渋沢竜彦はそういう人物ではなかろうか。

大抵の少年は、やがてもう少し実用的な国語とか算数とか理科とかいうものが好きになり、やがて生活の知恵もつき、もっと手のこんだ実利的なことに関心をもちい生きねばならなくなり、植物採集や昆虫採集はひとつの想い出にかわる。

しかし、幸か不幸か歳月の風化にたえて、大人になっても昆虫採集や植物採集が好きでたまらずにいまもやっている奇篤な人物がいる。この『神聖受胎』というエッセエ集はそういった人物がつくった標本みたいなものである。

わたしなどには余り縁のなさそうな西洋の人物の片言隻句がつぎつぎに繰り出されているのをよく観察すると、昆虫をつかまえ、ピンで刺し、分類し、レッテルに学名を書きこみ、唾をつけて。ぺったりと貼りつけるというようなことを丹念にやっている操作なのだ。それは昆虫採集の文体ともいうべき一種独得の文体をなしている。いったいどんな情熱があればこんな沢山の人名と事物の名と事件の名を列挙できるのか、という驚きの念を禁じえないのだが、よくよんでゆくと無心で無ロな少年が、丹念に昆虫を整理しているときの潜在的な情熱が視えてくる。

わたしの先入見では、こういう特異な少年には、何かそれを強いている人性的な理由があるはずなのだ。それをみつけ出そうとして、眼光を紙背において読んでみたが、何も発見できなかった。研究者のように、あるいは好事家のように、あるいはアバンガルトのように、といった著者のといかい術は巧みであって丹念な熱情に対応する魂の劇はこのエッセエ集からはうかがうことができない。魂の劇は渋沢竜彦の創作集をよむほかはない。

このエッセエ集の功績はエロティシズムが本格的な思想の課題となりうるものであることを、はじめて我が国の現代的風土のなかでしめしえている点にあるといえる。十八世紀の自然哲学は、著者の手によって現代的な意義があたえられて蘇生する。サドはこの自然哲学の文学的体現者として、我が風土のなかで本格的にはじめて渋沢竜彦によって紹介され、爆発した。昆虫少年は裁判にひき出された。

かれは権力にたいして孤独であり、進歩的文学者にたいして孤独であるが、しかし、昆虫少年の特技を発揮して、権力をピンにとめ検事をビンに詰め、証人として登場する文学者の首に学名をかいたレッテルをぶらさげ、ツバをたっぷりつけてべたべたそこらにはりつける無心な遊びを体得しているようにみえる。

わたしは、以前からルカーチなどのニーチェ評価の仕方が不満で、いつかまともにとりあつかってみようかとかんがえていたが、渋沢は本書のなかで十八世紀哲学やサドと関連させながら手際よく偏見なしにそれをやっていて興味ぶかかった。ルカーチのニーチェ評価は、スターリニズムとナチズムの過去における血で血を洗う決闘に彩どられているため正確ではない。スターリニズムはブルジョワ・デモクラシイと手を握ることにより第二次大戦でナチズムをしりぞけた。

ところで、渋沢は日本天皇制やナチズムの敗北後に文学的出発をとげ、しかもスターリニズムからもブルジョワ・デモクラシイからも自由な戦中派思想の息吹きを本書でふんだんにふりまいている。この本の新しさはそこだとおもう。
神聖受胎 (河出文庫) / 澁澤 龍彦
神聖受胎 (河出文庫)
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(267ページ)
  • 発売日:2017-07-17
  • ISBN:4309415504

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

日本読書新聞(終刊)

日本読書新聞(終刊) 1962年4月16日

関連書評/解説/選評
吉本隆明の書評/解説/選評
ページトップへ